文のほうが小説書いたら絵のほうが挿絵描いてくれたよ!
やったねたえちゃん!(誤った使い方)
漫画版エレメントハンターのクロノのその後です。
えーとまぁオリキャラ出たりしますので読んで気分悪くなっても責任取らないよ! ということで1つ。
感想とかいただけるとありがたいです! まぁいつもありがたいんですけどねw
クロノの旅「はぁっ……はっ……はぁっ……!」
まばらに灌木が生える乾いた大地を、少女は走っていた。息を喘がせ、小柄な体をよろけさせながら一心不乱に走る。
「ははは! ほら逃げろ逃げろ! 追いついちまうぞ!」
少女を追う三人の男の手にはそれぞれ山刀が握られ、その刀身は黄色い日光でぎらついている。
「はっ……はぁっ……!」
民族衣装のフードがめくれ上がって、人懐っこい顔が顕になる。平時であれば誰からも好かれるような柔和な顔立ちも、今は恐怖に引きつっていた。
村への目印である壁だけが残った廃屋が近づき、少女は元気づいて足を速めた。
「追いついちゃうぞ~? んん~?」
間近に男の声を感じて、恐怖に少女の眼に涙が浮かぶ。
男の手を逃れるように壁を曲がると、少女は足を何かにぶつけて地面に投げ出された。
「痛いな……。何だよ、人が気持ちよく寝ていたのにさ……」
怯えた目で少女が振り向くと、足をぶつけられた主の少年が立ち上がるところだった。その白い肌はひと目でこの国の人間ではないとわかった。
「よぉおーし! つっかまーえ……。なんだぁ?」
追いついた男が怪訝な声を上げた。この僻地に外国人は珍しい。
「なんだぁ?」
「こいつ外国人か?」
三方をそれぞれ男たちが、残る一方を壁が塞ぐ形となって囲む。新たな闖入者にやや緊張するが、少年の小柄な体躯ではなんの脅威も感じない。
「にっ、逃げてっ!」
転んだ格好のまま叫んだ少女に、山刀が突きつけられる。
「ひっ……!」
息を飲む少女を確認した後、リーダー格の男が言う。
「まぁいいや。そのオカマも一緒にさらっちまえ」
ずい、と手下の男が少年の肩に手を伸ばすと、ぴく、と少年の頬が一瞬歪んだ。
ぱかん、と場違いな軽い音がして、少女とリーダー格の男、もう一人の手下の視線が音源に向けられる。
どさり、と大きな男の体が白目を剥いて地面に横たわるところだった。
「誰が何だって?」
少年の頬は神経質そうにぴくぴく震えていた。
「なっ何っ?!」
「うぉおっ!」
リーダーの困惑に呼応するように、残された手下が少年に斬りかかる。
小柄な少年の体が吸い込まれるように手下の腹部へと動き、腹部へ右手で拳を叩き込み、左手で山刀を握った手を体の外側へと弾く。
「ぐあっ!」
体を折った瞬間を逃さず、山刀を奪い、一飛びでリーダー格の男の首へ山刀を突きつける。
「誰が何だって? えぇ?」
片端の頬だけを引き上げた淫らな笑みで、少年が問う。
慌てたリーダー格の男の手には、振りかぶるとも少女につきつけるともつかない位置の山刀があった。
少年の笑みの背後では、苦悶の声だけが響いていた。
†
「見てろよ! てめぇただじゃおかねーからなっ!」
白目を剥いたままの男を左右から担ぎ、三人の男が丘のむこうに小さくなって消えていく。
「まーだ言ってるよ……」
山刀を三本足許に転がせたまま、少年が感心したように呟いた。
男たちが姿を消すのを転んだままの格好でぼんやりと見送っていた少女が、慌てたように口を開く。
「あ、ありがとう。えっと、あたし、マリア」
「……」
少年はマリアに冷たい一瞥をくれただけで、何も答えない。
「え、えっと? 言葉はわかるんだよね? 何処から来たの?」
「もう行くよ」
冷たく言い放つと、少年は日よけのフードをかぶった。
「ど、どこに行くの?」
「関係ないだろ」
「ま、待って……痛っ!」
立ち上がろうとしたマリアの悲鳴に、少年が驚いて振り向く。
「あ、足が……」
痛みに涙を浮かべるマリアに、すっと手が差し伸べられた。
マリアが視線を上げると、ぶっきらぼうに視線を外した少年の顔がそこにあった。
「あ、ありがとう。……ね、名前、何ていうの?」
「……クロノ」
マリアは、クロノの手をとった。
†
「どうしてこうなった」
クロノはぽつりと呟いた。
眼前の敷物には貧しいながらも精一杯の料理が並べられ、酒が振る舞われ、楽器が奏でられ、人々が酔った顔で上機嫌に笑っている。
宴席のど真ん中にクロノは居るのだった。
マリアを担いで村まで辿り着いてから、家まで送るその僅かな間に、羊が捌かれ、酒壷の蓋が割られ、敷物が敷かれ、村の真ん中に宴席が完成していたのである。
村の人々が入れ替わり立ち代り、クロノに料理と酒を振る舞う。クロノに礼を述べる者、隣村のがらの悪い連中には本当に困ったものだと言う者、マリアちゃんはおっとりしているからねぇと言う者、袖を引く幼児はどうして肌が白いのかと尋ねる。
「ごはん足りない?」
隣りに座ったマリアが、ひょいと身を乗り出してクロノに尋ねた。足の怪我は大したことはなかったので安心したが、あまりにも甲斐甲斐しく動き回るので心配になってしまう。
「あ、いや」
「これ美味しかったよ」
クロノの返事を待たず、マリアは空になった皿に羊肉と香草を焼いたものを乗せる。
「いやもうお腹いっぱいだから」
「ぶどう酒注いだげるね」
「飲み物が欲しいってわけじゃなくてな」
「あっもうないや」
「だから聞けってば」
「あ、お母さん!」
マリアのその言葉に、クロノはどきっとして顔を伏せた。
「マリア」
温和な声がマリアに応える。
呼ぶマリアと、応える母。その二人を直視できず、クロノは視界の端で盗み見ていた。全てを預け切ったマリアと、全てを受け止める母。
マリアも、その母も、別に誰に似ているというわけでもない。
だが、確実にその二人はクロノの記憶をかき回し、心を乱す。
ひどく懐かしく切なく、嬉しいような、悲しいような……。どうしようもなくなってクロノは視線を逸らす。
そしていつまでもそれを見ていたくて、クロノは慣れない宴席に座り続けた。
†
クロノはアルコールで火照った体を敷かれた毛皮の上に体を投げ出した。
日干しレンガの建物の一室は簡素で、寝台などなかったが精一杯のもてなしということがわかった。
靴を脱ぐと、外套を外して毛布と一緒にかぶる。
人々の笑う顔、幸せそうな声。宴席の様子を思い出して、クロノの顔が自然と綻んだ。そんな自分の心の動きに驚き、クロノはばつが悪くなってもぞもぞと体を動かす。
控えめなノックの音が響き、クロノは閉じかけていた眼を開く。
「クロノ、寝ちゃった?」
「……いや」
マリアの声に、こんな夜更けに何事だろうと訝しがりながらクロノが答える。
「一緒に寝てもいい?」
「……えっ!?」
クロノが答えに窮した一瞬の間を合意ととったのか、マリアが部屋に入ってくる。
これは何か旅人にそういう関係を迫る風習なのか、それとも性に関して未発達な考えを持っているのか、と悩んでいるうちに、マリアは持ってきた毛皮と毛布で自分の寝床を作って入ってしまう。
きらきらと好奇心に光る眼を向けてくるマリアに、歳より低い無邪気さを感じてクロノは小さくため息をついた。どうやら悩みの答えは後者のようだ。
「今日はありがとうね。強くてびっくりしちゃった!」
「ん」
殺しても良かったのだが、面倒事になるといけなかったので手加減したのは黙っておく。
「うちの村はね、旅人さんが来るとこうやってお迎えするの。それに、お礼もあったし……。気に入らなかったらごめんね」
「……いや」
クロノは少し視線を逸らした。あんなに素朴なもてなしが、人と人との繋がりが、心地よかったのをなかなか受け入れられないのだ。そして、マリアと母の、見ていて悲しみと喜びに胸を掻き乱されるような、奇妙な感覚。
「クロノのお話、面白かったよ! お星様の世界に人間が行けるっていうのは知っていたけど、あんなに詳しい話は初めて。難しくて全然わからなかったけど」
「……そう」
酔ってそんな話をした気もする。
「クロノってきっと色んな楽しい体験をしているのね!」
楽しそうに言ったマリアの言葉が、クロノからアルコールの火照り奪い、ぼんやりとした頭を冷たく冴えさせた。
「……ふん」
クロノの表情には冷たい笑みが張り付き、マリアを見る視線は刺すように鋭かった。
「どうしたの?」
冷ややかさに驚いてマリアがきょとんと尋ねる。
「この世は辛くて苦しいことばっかりさ……。知ったふうなこと言いやがって」
全てを呪うようなクロノの言葉に、マリアは息を飲んだ。
「宇宙の話だって、宇宙に行く人間のために行けない人間が犠牲になって成り立っているんだ……。人間の営みなんて、醜いものなんだよ……」
クロノの呪詛は暗く、冷たく口から吐き出されていたが、それを塞ぐようにマリアがきっぱりと口を開いた。
「……よくわかんないけど、この世は辛くて苦しいことばっかりじゃないわ」
呪いが効いていないかのように声は明るく、膨らんだ頬がはっきりと不満を表していた。
「……そうかい」
マリアの素直な明るさに照らされても、クロノの冷淡さは変わらなかった。
「クロノだって今日のお迎え、楽しかったでしょ」
「あんなの、大したものじゃないさ」
「この間ね、世話している羊に赤ちゃんができて、嬉しかったわ」
「世話が大変になるね」
精一杯頭を働かせて喋るマリアを、クロノが口の端を歪めて冷たくあしらう。
「クロノっていぢわるなのね!」
むっと顔を可愛く歪ませて言い放つと、マリアは頬をぷーっと膨らませた。
「……この世にはもっといい生活があるのに、自分がこんな砂漠の果てで辛い暮らしをしているのに疑問はないのかい?」
クロノが冷たい目のまま、口の端から笑みを消してマリアに問う。
まっすぐに見つめられて、マリアの表情から怒りが消え失せる。
「……ね。今まで生きてきて、1つもいいことなかった?」
覗きこむようにして、マリアが悲しそうにおずおずと尋ねた。
ただひたすらに自分を心配している真摯な瞳を前に、クロノが言葉に詰まる。
『 』呼ぶだけで嬉しい。『 』呼ばれるだけで嬉しい。
「ばっかりじゃない、ってことはいいことはやっぱりあるのよ。きっと神様もそうおっしゃるわ」
にっこりと無防備なほほ笑みを浮かべられ、クロノはうつむいた。
「便利な神様だな」
言い捨てた言葉もどこか力がない。
「……怒ったの?」
心配げにマリアが毛布から半身を出すように体を乗り出す。
「……っ!?」
うつむいたクロノの視界に、もろにマリアの胸元が飛び込む。襟ぐりから見える、痩せた体の膨らんできた乳房。
「お、怒ってない」
クロノは慌てて言い放つと、視線を上げた。
「いいでしょ」
うろたえたクロノをよそに、マリアは胸元からペンダントを取り出してクロノに見せた。露天で売っているような革紐の安っぽい宝石のペンダントは、先が大きく欠けていた。
「町のバザーで捨てられていたの。こんなにキレイなのにね」
マリアがペンダントを見つめる眼は澄み輝いていて、クロノは浮かべかけた冷笑を引っ込め、眩しさを防ぐように、感情を閉じ込めるように眼を伏せた。
「……そうだね」
力なく呟くクロノの言葉は、どこか羨ましそうだった。妬みのない、ただ眩しいものを見上げるような感情。
「ね、クロノってどうして旅しているの? 何か探しているとか?」
興味津々に聞いてくるマリアに、クロノは弱々しい微笑みを浮かべる。
「……聞かない方がいいよ」
冷たくあしらうのではなく、マリアの身を案じてクロノは答えた。それが通じたのか、マリアが驚いたように小さく頷く。
「……わかったわ。言いたくないことは言わなくていいから……」
「うん」
クロノも優しく、小さく頷く。
「もっとお話してていい? 私、同い年くらいの女の子の友達がいないの」
「……はぁ~」
盛大なため息とともに、クロノはがっくりとうなだれた。
†
朝もやがけぶる中、マリアは村から離れた丘で香草を摘んでいた。
少し村から離れすぎてしまったが、クロノが昨日悪漢を追い払ってくれたので安心して動きまわることが出来る。
昨日の宴会で香草を使いすぎてしまったので、早く補充したかった。それに香草を使った料理がクロノの舌にあったようなので、沢山積んでおきたい。
昨日のようには豪華ではないが、朝食に香草料理を加えてもいいかもしれない。
「……うふふ」
村の幼い子供たちに、宇宙の話をしているクロノの姿を思い出してマリアは小さく笑った。昨日の夜あんなことを言っていたが、子供たちの面倒を見るクロノは、面倒臭そうな顔をして、それでもどこか楽しそうだったのだ。
朝もやに包まれながら、マリアは香草を探して摘み、腰のかごに入れていく。
少し意地悪だけど、優しくて正直者のクロノ。一緒にいるだけでマリアは楽しい気分になった。
別れの辛さを考えずに、マリアはクロノとの楽しい未来を夢描いていく。
また、クロノは珍しいお話をしてくれるかな?
話の内容は想像がつかなくても、お話を聞くと考えるだけで楽しい。
もしかしたら、仕事を手伝ってくれるかもしれない。
一緒に水汲みをしてくれるかな?
一緒に羊追いをしてくれるかな?
あの面倒臭そうなしかめっつらで、ぶつぶつ文句を言いながらてきぱきと仕事をこなしてくれるに違いない。
「……ふふっ」
思わず想像で小さく笑ってしまいながら、マリアは作業を続ける。
不意に近くに人の気配を感じ、マリアはぱっと顔を上げて明るい声を上げた。
「クロノ?」
†
クロノは険しい表情で正面を睨みつけていた。垂らした両手は強く握りしめられて白くなっている。
「スパイの異教徒を引き渡せば諸君の身柄は保証する!」
拡声器が高慢な声を村に響かせる。
村はゲリラに包囲されていた。
自動小銃を持った男たちが、ぐるりと遠巻きに村を囲んでいた。
村の入口を見下ろす丘から、拡声器を持ったゲリラのリーダーが濁った冷淡な眼を向けている。その傍らではクロノが追い払った悪漢三人組がにやにやと笑っている。
「異教徒の引き渡しがスムーズにいかない場合、実力行使に移らせてもらう! 関係した者の連行も辞さない!」
クロノの歯がぎりぎりと音を立てた。
リーダーの横では、銃口に追い立てられ、マリアが立っていた。うつむき、時折こぼれる涙を、手で拭っている。
「クソどもが……」
怒気にまみれたクロノの声も、武装した男たちには届かない。
村の入口には、村人たちが集まっていた。
「ああ……マリア……!」
ふらふらと駆け出しそうなマリアの母を、村の男が止める。
「大丈夫です」
クロノは顔から怒気を消すと、振り向いてマリアの母に視線を向けた。
マリアの母の定まらなかった視線が、クロノに向けられて焦点を結んだ。クロノは頷く。
「大丈夫ですよ」
クロノの言葉に、マリアの母はぼろぼろと涙を溢れさせる。
自分に集まる視線に気付き、クロノは周りを見渡した。心配そうな、気遣わしげな視線がクロノに集まっていた。その中には1つも、クロノを責めるものはない。
「……大丈夫です」
クロノは驚きに軽く目を見張ってから、にこり、と今度は村人たちに微笑んで、正面に向き直った。
「これからそちらに歩いていく! 見ての通り武装はしていない! その女の子を村に返してやってくれ! 村人たちは僕に何の関係もない! 村人に手は出すな!」
拡声器を持ったリーダーに大声で言うと、リーダーは傍らの男に頷き、マリアが銃口で押されて体を震わせながら、ゆっくりと歩き出す。
クロノもマリアの歩調に合わせるように、ゆっくりと歩き出した。リーダーの背後にあったトラックに据えられた重機関銃が、各々が持った自動小銃が、クロノに向けられる。
皆殺しにしてやる。
クロノは人知れず、片頬だけが吊り上がった淫らな笑みを浮かべていた。囲まれ、幾つもの銃口を向けられてなお、クロノの心は落ち着いていた。水面下で水が激しくうねっている、破砕した瞬間に荒れ狂う薄氷の落ち着きだった。
マリアが涙を流し、思わず止まってしまう度、ゲリラ達から怒声が飛ぶ。マリアは怯えながら再び歩き出す。
皆殺しだ。
それはクロノの決定事項だった。マリアが、村人たちの安全が確保され次第実行される、保留されているだけの作業。
マリアの足がちょうど中程に差し掛かる前に止まった。ゲリラから怒声が飛んでも、その場で泣きじゃくるだけで一歩も動こうとしない。
クロノはマリアに合わせて足を止めていたが、ゆっくりと歩き出す。
「ごっ、ごめんね……」
優しく歩み寄ってくるクロノを認めて、マリアが泣きながら口を開いた。
「どうしたの?」
クロノは優しく微笑んで先を促す。
「わっ、わたしっ、クロノが、香草料理、好きだって思って」
溢れる涙を幾度も手で拭いながら、マリアはクロノに話し続ける。
「早起きして……ちょっと遠出して……大丈夫だと思って……けど、そしたら……捕まっちゃって……っ」
「いいんだよ」
クロノは走り出したいのを必死に堪え、ゆっくりと歩き続ける。
「もう……どうしていいのか……わからなくてっ……」
溢れる涙を拭いきれずに、マリアは俯いてぼろぼろと頬から涙を零す。足許の乾いた大地に涙が吸い込まれていく。
「大丈夫だよ」
決して急かさないように、ゆっくりとした喋りでクロノは言う。
「いい方法が……思いつかなくてっ」
クロノはようやくマリアの目の前に到達した。クロノが手を伸ばすと、マリアがびくっと体を震わせる。
「大丈夫だよ」
マリアの怯えと不安と後悔の入り混じった眼を見つめて、クロノが言う。クロノはそっとマリアの肩に手を置いた。
危機感がクロノの体の奥を貫く。
「ごめんなさい、クロノ」
謝ることしか出来ないマリアの外套の襟ぐりから、アンテナと四角いプラスチック爆薬が覗いていた。
灼熱の衝撃がクロノを襲った。
†
クロノはふらふらと歩いていた。
血まみれの体は乾きつつあった。
村の家々が、包囲していたトラックが、火を上げ、青い空に黒煙を上げている。
「殺してくれ……殺してくれ……」
上半身だけになったゲリラが、白目を剥き泡を吹いて祈りのように懇願の言葉を垂れ流している。
クロノはその音がわずらわしくなり、傍らに落ちていた自動小銃を拾うとゲリラの頭を吹き飛ばした。
持っているのもわずらわしくて用済みになった自動小銃を地面に捨てる。
レーザーで切断された上半身の断面は焦げてあまり出血せず、吹き飛ばしたばかりの頭からばかりびゅっびゅっと血が噴出していた。
クロノは探しものに戻った。
どうしてもマリアが揃わない。
集まったぶんは母親の遺体の脇に並べているのだが、マリアが広範囲に散らばってしまったのでなかなか見つけられないのだ。
ゲリラは皆殺しにした。
村人は全員死んでいた。
全員銃撃で死んでいたのが、ゲリラの手にかかって死んでいたのがクロノの救いだった。
マリアに巻きつけられていた爆弾で吹き飛ばされたクロノは、胸元に用意してあった起動済みのエレメント・インジェクターがショックで突き刺さり、QEX化した。
だが、意識のなかったクロノは本能のまま破壊と殺戮を繰り広げ、ゲリラを皆殺しにし、一人の村人も救えなかった。
「うそつき」
ぽつり、と爆心地を見てクロノは言った。そこにはマリアの血と脂の染みしか残っていない。
返事はない。
ただ、火が爆ぜる音と風の吹く音だけがクロノの周りを流れていく。
「人間はやっぱり、醜いよ……」
意識を失っていた間にも、夢のように断片的なイメージが脳裏に残っていた。逃げ惑う獲物を嬉々として追い回す暗い快感。
自分も醜いのに、他人も醜いのに、それでも醜くないと言えなかった。
マリアは醜かったのだろうか? 母親と村人たち、そしてクロノを天秤にかけ、クロノの元で爆発させられる道を選んだのだろうか?
それは醜くも正しかったのだろうか?
クロノにはわからなかった。
「いいことなんてないじゃないか……」
血の染みは答えず、ゆっくりと乾いていた。
「後で奪うから与えるんだろう?」
クロノは泣き笑いの表情を浮かべていた。泣きながら笑うのではなく、顔の半分は笑い、半分は泣いている破綻した表情。
「答えろよ」
不意に強い風が吹き、クロノは砂埃に眼をつむった。
再び眼を開いた時、視界の端に何か輝くものがあり、クロノはそちらに向かって歩を進める。
ペンダントが日光を反射して輝いていた。
「……っ!」
クロノは言葉に詰まり、ペンダントを手に取った。
マリアのペンダントは革紐が切れただけで、血もついていないきれいな状態でクロノの手の中にあった。
宝石が欠け、捨てられ、拾われたマリアのペンダント。
壊れ、不要とされ、また必要とされたもの。
クロノの脳裏にかつてあった幸せな情景が浮かぶ。
『お母さん!』呼ぶだけで幸せな声。
『マリア』応えるだけで幸せな声。
「いいことなんて……」
責めるような声がクロノの口から漏れた。
『先生!』呼べるだけで得られる幸せ。
『クロノ』答えてもらえるだけで得られる喜び。
「……いいことなんて」
すがるように、祈るようにクロノの喉は言葉を吐き出した。
クロノは歩き出した。
何処にあるかわからない、何かを探すように。
おわり
- 2013/10/21(月) 00:51:17|
- もはや無法地帯
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