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画紋工房

2008年12月にガタケット103(3月22日)に向けてなんとなく結成された二人組サークル『画紋工房(がもんこうぼう)』のブログです。コピー本を作ってガタケットにちょびちょび参加しております。(2018/03/20~申し訳ありませんが暫定活動休止中です。たまに更新する、かも……)

小説③三人娘?はお年頃。



 リュウはただ淡々と、煉瓦を土の道路に埋め込んでいた。浅く掘った地面に煉瓦を敷き詰める事で、ぬかるみのない道路になる。手にする煉瓦はきちんと形をとどめているものもあれば、小石のような破片になってしまっているものもある。脇に山のように積み上げられた煉瓦を、一定のリズムで地面に埋め込んでいく。
 様々な形の煉瓦を埋めていく事を始めは面倒に思ったりもしたが、今ではパズルを組み立てるような気持ちでやる事で一抹の楽しさを覚えていた。仕事に楽しさを見出せるのはとてもいい事だ。
 背後の吹き飛んだ大きな建物の事を忘れられるから。
「うわー」
 かつてその建物の一部であった煉瓦の山が崩れ、リュウに襲いかかった。



 寮がほぼ全壊した事で住む場所がなくなり、必然的に勇者たちは一時散り散りとなった。あるものは故郷に帰り、あるものは出稼ぎに、あるものは勇者たちの村、共同体に残って復興作業に携わった。
 そして勇者たちのリーダー、リュウは吹き飛んだ煉瓦を拾い集めて、道路に敷いている。爆発で吹き飛んだ煉瓦はもろくなっていて建物には使えず、だからといって捨てるのも勿体ない、という事での道路作りだ。
 損壊した寮には大きなロウ引きの布が幾重にもかけられていて痛々しい。建てるのにかなりの時間を要した建物なので、修復にもかなりの時間がかかるだろう。廃墟を修復して建てたので、元に戻らなかっただけましかも知れない。
 そして何よりも、修復のためのお金がない。
 はあ、とリュウの口からため息が漏れた。かなり慣れたので作業スピードは変わらない。
 勇者のメンバーの多数が出稼ぎに行ってしまい、本来の目的がなんなのか不安になる。
 相棒のボッシュは猟へ行き、お姫様のニーナは残ったみんなの家事に追われ、問題大魔法使いディースは共同体のすぐ近くの洞窟へ酒樽と一緒に消えていった。天然猫娘のリンプーは山に遊びに行っているのか猟に行っているのか分からないが、とりあえず居ない。
 近くには中規模の都市があるので、働きに行ったり資材を買ってきたりするには丁度いい。
 勇者が働きに行くのがいい事なのかは分からないが。
 本来ならリュウも猟に行きたいのだが、リーダーという立場がそれを許さず、地味にコツコツと煉瓦を敷いて道路を作っていた。
 なんだかリーダーという言葉の響きとやっている事が違う気はする。
「……はあー」
 地面を浅くガリガリと小さなスコップで削りながら、リュウはため息をついた。地面を削る音がリュウの抗議の悲鳴に聞こえなくもない。
「リュウちゃんリュウちゃん」
 脳天気に明るい声が聞こえて、リュウは顔を上げた。リンプーが興味深そうに眼を光らせてリュウをのぞき込んでいる。
 上半身を前に倒しているので、ブラに押し上げられた谷間がくっきりと見えた。ブラが下着ではなくて普段から身につけているものなので少し残念だ。自前の立派な毛皮を持っているので、前はよく風呂上がりに裸でうろうろしてニーナに怒られていた。裸でうろうろしている時よりも、ブラで押し上げられた胸の方に色気を感じたりするのは何故だろうか?
「それ面白いのかにゃ?」
 しばらく思索に没頭していたリュウを、楽しそうな言葉が現実に引き戻した。リンプーが興奮に鼻を鳴らして顔を近づけてくる。
 スレンダーで魅力的な肢体を持っている事に自覚がないので、リンプーの扱いはなかなか難しい。腰の前と後ろに布を垂らしているが、この間どうにか付けさせたもので以前は下半身に何も付けていなかったのだ。
 毛皮があっても、大事な所が見えないわけでもない。
 どんなだったっけな、とリュウは腕組みをして考え込んだ。
「つまんないならいいにゃ」
 眉根を寄せてリンプーが体を引いた。リュウが再びはっと我に返る。この間から、少し変になった気がする。
 素早く離れていく、つり目の少女のいたずらっぽい優しい表情、唇に残るやわらかくてあたたかい感触。
 リュウの顔が我知らず赤くなった。
「これ、なんか恥ずかしいのなのかにゃ?」
 リンプーは眉根を寄せて煉瓦の埋め込まれた道路を見つめた。



「こっちだにゃ」
 リュウは先を歩くリンプーにいざなわれつつ、林の中へと分け入っていた。さっき声を掛けられたのは何か用事があったらしい。リュウは腕組みをしてリンプーを観察した。時々振り返っていたずらっぽい上目遣いの視線を向けてくる。それはそれで可愛らしいのだが、リュウには今までの経験上嫌な予感しかしない。
 共同体の復興作業の音が遠くに聞こえる。辺りを支配しているのは小鳥のさえずりと草木のざわめきだ。
「……えーと、リンプー、こっちに何かあるのか?」
 リュウはなるべくゆっくりと歩きつつ、慎重に口を開いた。リンプーが小首を傾げて振り返る。
「……こっちはないかにゃ?」
「……うーんと、どっちにあるんだ?」
 リンプーと意思の疎通を図るには努力と根気が必要だ。
「……ここでもいいかにゃ?」
 辺りを見渡して、リンプーは独りごちた。
「あれ?」
 リンプーの強力な視力が小さなテントを見つけた。三方を木と藪で隠されているので、常人だと多分気づかない。
「……あー、あれは俺のテントだから」
 リュウはなるべく平静を装って答えた。無茶苦茶にされたくなくて離れた場所に設置したのだが、一番無茶苦茶にしそうな人物に見つけられてしまった。
「ふうん」
 思いの外リンプーが興味を示さなかったので、リュウはほっと胸をなで下ろした。その瞬間、何かを感じ取ったリンプーの瞳がきらりと光る。
「あ、えっと『ここでもいい』ってなんなんだリンプー?」
 リュウが慌てて話題を逸らす。
 リンプーはちょっとうつむいて、もじもじと辺りを見回した。なんだか様子がおかしい。何か失敗してしまった事を打ち明けようとしているのかも知れない。周りに迷惑がかかっていてもそれに気づかないリンプーには珍しい事だ。叱ったりアドバイスしたりして社会性を伸ばしてやりたい。
「ん? どうしたリンプー?」
 リュウはうつむいたリンプーが自分を見下ろせるようにひざまずいた。ぷい、とリンプーが視線を逸らせる。
「……う」
 もごもごとリンプーの唇が動いて言葉が紡がれたが、小さくてリュウには聞き取れなかった。
「ん? なんだい?」
 尋ねるリュウの声はとても優しい。慈父のように優しさが厳格さを包み込んでいる。
「ちゅう」
 やっと視線を合わせて、リンプーが小さく言った。リュウの耳に言葉は入ったが、脳が認識できない。反応のないリュウへ、もどかしげにリンプーはもう一度唇を開く。
 ちろりと舌先で湿らされた桃色の唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ちゅうして」
 リンプーの上目遣いの視線に射すくめられるようにして、リュウは硬直した。



「であっ!?」
 硬直が解けた瞬間、リュウが反射的に取ったのは両手で視界を防がないように頭部をガードしつつ飛び退る事だった。
 リンプーはリュウを追う事もなく、その場でもじもじと体を動かしている。瞬発力でリンプーには敵わないので、リュウはちょっとほっとした。ついでに腕力も敵わない。リンプーの頭がかなり良かったら、どこかで建国してるんじゃないかとリュウは思う。
 ほんのり頬の染まったリンプーに下から見つめられ、リュウが再び硬直する。
「リンプーは、リュウちゃんに、ちゅうして欲しいにゃ」
 ゆっくりと、確かめるように唇から言葉が紡がれる。
 今度はリュウの頬がみるみる赤く染まった。
「なっ、ななな、なんで?」
 狼狽したリュウの言葉にも、別にリンプーは気を悪くしたりしない。
「わかんにゃいけど、ちゅうして欲しいにゃ」
 可愛らしく頬を染めたまま、即座にリンプーが答える。感覚的に行動するリンプーには、自分の欲望の理由が必要でない。
 半分パニックに陥りつつも、リュウは単に『ちゅうしたい』という事でなくて良かったと思った。今頃押し倒されて終わっている。
「……リュウちゃんは、リンプーに、ちゅうしたくない?」
 ちょっと困ったように眉根を寄せて、リンプーがリュウの顔をのぞき込んでくる。哀願するような表情が非常に蠱惑的だ。
 やばい。
 リュウは男という種の節操のなさを呪った。
 したい。
 くらっと傾きそうになった野性と理性の天秤を引き戻すように、リュウは口を開いた。
「えっと、ちゅうってのは、好きな人が好きな人にするものなんだよ?」
 最後が疑問系なのは自分でも発言に自信がないからだ。
 リンプーの顔が悲しげに曇った。
「リュウちゃんは、リンプーの事が好きじゃないのかにゃ……」
 寂しそうにこつん、と足下の小石を蹴る。直情的なリンプーが見せた悲しげな表情に、リュウは慌てた。いつも天真爛漫に笑っているので、別の表情が見えたときには驚いてしまう。原因が自分であればなおさらだ。演技ができるほど器用でもない。
「い、いや、そういう事じゃなくてね」
 ぱあっ、とリンプーの顔が明るくなる。
「じゃあちゅうして!」
 きらきらと眼を輝かせて詰め寄るリンプーから、リュウは慌てて後退した。
「えー、好きな人っていうのはね、単純に、友達で好きだとか、仲間で好きだとかじゃなくってね」
 後ろめたい部分のあるリュウは、ひたすら純真でまっすぐなリンプーの視線から逃れるように視線を逸らせて言う。ちらり、とリンプーの様子を窺うと、言葉の意味を全く理解していない明るい笑顔と視線が合った。
「よくわかんないから、とりあえずちゅうして?」
 ずい、と頬を染めたリンプーがもう一歩詰め寄ってきた。リュウはリンプーを説得、もしくは難しい話を真面目にして退散させるために、リンプーを正面から見つめた。期待に満ちてきらきらと光った眼が見つめ返してくる。
 リュウはリンプーの柔らかそうな唇を見つめてしまい、ごくり、と生唾を飲んだ。いつも食事の度に口の周りを汚している、肉食獣の牙を隠した唇とは思えないほど色気がある。リンプーが求めているからかも知れない。
 乾いた唇を舌先で湿らせて、リュウは口を開いた。
「ちゅうっていうのはね、大事な人同士が」
「こないだ見たにゃ」
 びく、と痙攣するようにリュウの動きが止まった。どっ、と油汗が全身を冷やす。
「ニーナとちゅうしてたにゃ」
 いたずらっぽい微笑みの色を濃くして、リンプーが言った。
「え、えっと、それはね、えー」
 リュウの口はどうにか開いたが、言葉はしどろもどろで意味をなさない。
「……ディースに言ってもいいにゃ」
 駆け出しの小悪魔のように、言葉には哀願と脅迫が込められていた。下からじっとリュウの表情を窺う視線は、ちょっと自信なさげだ。
 リュウの思考がぐるぐると巡った。からかわれたり絡まれたりストレス溜まったり魔力が暴走したり理不尽に怒って爆発させられたり。
 脳裏で小さいディースが言った。意地悪げに微笑んでいる。
『したら? したいんでしょ』
 同じく脳裏で小さいニーナが言った。少しおどおどしながら、頑張って喋っていた。
『こういうことは、その、一時の感情に流されると』
 小さなディースが小さなニーナに襲いかかった。後ろから豊満な胸を揉みしだく。
『うるさいわねえ。したらいいのよしたら』
『なっ、何してるんですか! あっ! やっやめてください!』
 脳裏から二人が消えた。
 リュウの視点が定まって、リンプーを正面からまっすぐ見据えた。リンプーの頬が羞恥に濃く染まっていく。
「……眼を閉じて」
 優しい声と共に、日頃の労働と戦いでごつごつした指先がリンプーの肩に置かれた。
「……にゃ」
 こわごわと眼を閉じるリンプーの表情は、怯えを期待が覆い尽くしている。
 リュウは心の中でリンプーに謝っていた。
 ちゅうする先が頬でも、ちゅうに代わりはない。リンプーが細かい所まで見ていない事を祈るだけだ。
 ゆっくりとリュウの唇が近づいていく。
 ぱちり、とリンプーの両目が開いた。リュウが驚いて身を離そうとした瞬間、リンプーの腕がリュウの肩を掴み、押し倒していた。
 倒れる瞬間、リンプーの柔らかい唇が押しつけられ、少しざらりとした舌がリュウの唇を嘗めた。
 地面にリュウの背中がついた瞬間、リンプーがばね仕掛けのように跳ね起きた。顔が耳まで真っ赤に染まっている。
「にゃ……」
 唖然としているリュウを見つめたまま、もごもごとリンプーの唇が動いたが、声にはならない。
 リンプーが信じられないように自分の唇に指先を当てると、その表情がみるみる喜びに染まっていった。
「むにゃ~!!」
 喜色満面のリンプーが、両手をぶんぶん振り回しながら走り去っていく。振り回された手に当たった若木がみしみしと悲鳴を上げて折れる。
 どしゃっ、という折れた若木の先端が地面に落下した音が響いた。
「……うう」
 ちょっと涙目でリュウは身を起こす。奪われてしまった。
 リンプーがこちらの企みを看破したのか、それとも待ちきれなかったのかは分からないが、奪われてしまった事に変わりはない。
 これでディースへの口止めになるならいいのか? リンプーが誰かに喋ったりしないだろうか? と自問自答をしかけたところで、慌てて辺りを見渡す。
 外れた場所なので、誰も目撃していなかったようだ。ほっと胸をなで下ろす。
 大喜びで走っていったリンプーを見て誰かが不審に思うかも知れないが、別に問いただしたりはしないだろう。意思の疎通が大変だ。
 平然さを装うためにとりあえず唇を拭ったが、生々しい感触はなかなか取れなかった。逆に変に意識してしまう。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。
 顔の火照りがどうにか押さまり、歩き始めると向こうからニーナがやってくるのが見えた。木漏れ日が金髪を輝かせている。ひよこの刺繍がついたエプロンと三角巾をしている姿が妙に艶めかしい。
 ついさっきのリンプーのちゅうと、この間のニーナのキスが脳裏で勝手に重なって、リュウの顔が再び真っ赤に染まった。
「リュウちゃん、ちょっと早いけどお昼ご飯よ」
 ニーナがいつも通り優しく声を掛けてくる。テントの場所は一部の人間以外知っているので、わざわざ呼びに来てくれたのだろう。
「う、うん。わかった。ありがと」
 こくこくと頷きながら、リュウはニーナが走り去っていったリンプーとすれ違わなかったか気になった。ニーナはリンプーと意思の疎通ができる数少ない人間なのだ。ここで話題にならないという事は、すれ違わなかったのだろう。
 目の前でいつものように微笑んでいるニーナへ、心の中で謝罪する。すみません、あれは事故だったんです。言い訳になっていた。
 ……顔が真っ赤なのを気づかれていないのだろうか?
 リュウが不審に思った瞬間、ニーナが優しく微笑んだまま口を開いた。
「ねえリュウちゃん、ちゅうをしてもいい大事な人っていうのは、何人居るの?」
 リュウの顔色が一瞬にして赤から青になった。



「……あうう」
 ちょっと涙目になったリュウが、小さなスコップでかりかりと地面を掻いていた。表情も音も情けない。
 ニーナが怒っている……。
 しどもどろに弁解というか言い訳を開始したリュウをにっこりと無視して、ニーナは厨房に戻っていった。追いかけたのだが、厨房の中に入られて断念する。
 いつもはスープを器に入れてくれるのだが、それもなくなってしまった。がっくりと肩を落として自分の分を持ち席に着いたら、奥から出てきたニーナが作業を再開していた。
 悲しい。
 視線すら合わせてくれないのが恐ろしい。まるで自分が空気か何かになってしまったかのようだ。空気は呼吸に必要不可欠なので、もしかしたらそれ以下に思われているかも知れない。
「……とほほ」
 スコップで地面を引っ掻いているだけなので、作業は一向にはかどらない。そもそも作業になっていない。
 こういうときに相談に乗ってくれるのが年長者だが、共同体の一応の年長者はある意味一番子供っぽいので相談できない。あれほど狡猾で放埒で破廉恥でそっちの方向にだけ頭の回る子供がいればだか。精神の一部分だけ意地悪な子供のディースに相談したらこじれる事間違いなしだ。そもそも相談する気にもならないが。
 せめて誰かに愚痴を聞いて欲しいが、こういう話はディースの大好きなところで凄まじい勢いで関わってくるので、みんな避けてしまう。今は洞窟に酒樽を持ち込んで一人で楽しくやっているはずだか、日頃の影響力は失われていないだろう。何よりもディースに絡まれていると不憫でならないので、リュウが自重するしかない。
「……」
 がっくりと肩を落として、指先だけで持ったスコップで地面をなぞる。小石にぶつかってスコップを落としてしまうが、拾う気も起きない。
 何が、誰が悪いのかと考えてみて、はっきりしない自分、と即座に返ってくる自らの素直さが恨めしい。
 素直って長所か?
 にへら、とリュウの顔に自虐的な笑みが浮かんですぐに消えた。無表情で地面を見つめる。
 リンプーの色気に負けてあの瞬間に素直じゃなかったのが悪い。
 これほど沈んだ気分なのに正確に発揮される自分の分析力には自信を持っていいかもしれない。
 ……神に祈ってみるか? 詳しくない上に全く信じていないし、信じる事で自らが弱くなってしまいそうなのが怖くてやらないのだが、やってみたら案外気が楽になるかも知れない。とりあえずエバ教の神様はやめておくが。
 とりあえず責任転嫁する先は必要だ。自分が悪いという自覚があるのがどこまでも悲しい。
 今、この瞬間一番必要としているのは、相談したらアドバイスをくれたり、愚痴を聞いてくれたりする、世紀の大魔法使いに絡まれる事をものともしない存在なのだ。神様に責任転嫁するよりもよっぽどいい。
「……どうした? 相棒?」
 背後から太い、張りのある優しい声がしてリュウは振り返った。自分は知らないが、父親の声というものはきっとこういうものなのだろう。
 我知らず涙が一粒頬を伝った。
「悩み事か?」
 喜怒哀楽を共にしている幼なじみ、ボッシュが立っていた。その顔は全てを優しく受け入れ、許すように微笑んでいる。
 リュウはボッシュに神の姿を見た。



「そりゃ、恋に恋してるんじゃないのか?」
 がりがりと地面を浅く掘りながらボッシュが言った。側らには猟の帰りなのか大きな肩掛け袋が置いてある。
「恋に恋?」
 ボッシュの脇で掘られた部分に煉瓦を並べながらリュウが反芻する。
「うん。リンプーも親兄弟が居なくて、家族愛というものを知らないわけだ。……まあ俺らもだけど」
 顎の部分をしごきながらボッシュが言う言葉に、リュウはふんふんと頷く。
「でまあ、ここで家族みたいなものが出来たわけだ。甘えられる優しいお兄ちゃんとか、お姉ちゃんとか。あとはだらしないおか」
 ごほん、と咳払いで言いかけた単語を誤魔化す。リュウは何を言おうとしたのかすぐに分かったので別に聞き返さない。
「で、基本的にリンプーはみんな好きなわけだ。家族としての意味でな。けっこうべたべたスキンシップしてくるだろ? 今までそういう存在がなかったから、その反動だと思うんだ」
 じっと思慮深く考えている、いつもは愛嬌たっぷりの顔をリュウはじっと見つめた。
 ……ボッシュはいつの間にこんな大人びたんだろう?
 昔はかなり頻繁に行動を共にしていたのだが、最近はディースやリンプーにかまわれてちょっとだけ疎遠になっていた気がする。何よりニーナと一緒に居たいというのもあるが。
 それでも結構一緒に釣り行ったりするけどなあ……。
「……まあ、俺たちも家族なんて居なかったけど、家族みたいなもんだったろ?」
 悩んだ表情のリュウに、ボッシュがわざとらしく明るく笑って見せた。
「……そうだな」
 別件で悩んでいたとは言えず、申し訳なさも加わってリュウも微笑み返す。
「それでリンプーとしてはリュウとニーナが楽しそうにしているのを見て、『お兄ちゃんとお姉ちゃんばっかりずるい! まぜてまぜて!』って感じになるわけだ。子供だから大人になりたくて、大人の真似をするんだな。恋する事に恋い焦がれてる、って訳さ」
「ふうーむ」
 腕組みをしてリュウは出来上がったばかりの道路をにらみ付けた。ボッシュの言う通りかも知れない。リンプーの言った言葉が脳裏に浮かぶ。
『よくわかんないから、とりあえずちゅうして?』
 こちらを覗き込んだ眼の中にあるのは、好意だったのか好奇心だったのか、それとも両方が混ざり合ったものだったのか。もしかしたら、リンプー自身も説明の付かない、衝動を伴う何かの感覚だったのか。
「ただまあ、問題なのは本当の家族って訳じゃないから、家族として好きなのか、それとも恋の対象として好きなのか、リンプー自身もよく分かってないんじゃないかな」
 ボッシュが手を止めてにやりと意地悪く微笑みかけた。
「で、リュウはどうするんだ?」
 う、とリュウは言葉に詰まった。ぽわわん、と脳裏にニーナとリンプーのキスしたときの顔が浮かぶ。両方とも同じくらい魅力的だ。
「ニーナに冷たくされて、リンプーにアタックされて、迷ってるんだろ? んん? 相棒?」
「えっ? あ、うっ!?」
 思ってもいなかった図星を突かれて、リュウは狼狽した。確かにニーナ一筋とはっきり決めていれば、リンプーに押し倒される事もなかったし、脳裏に浮かぶのもニーナだけのはずだ。
 気がつくと、ボッシュがじっとリュウを見つめていた。
「見てれば解るんだよ……。ふらふらしてると、どっちからも愛想尽かされちまうぞ? しゃきっとしろよ、相棒?」
「そ、そうだよな……」
 自分の情けなさに出たため息と一緒に言葉が押し出された。自分は誰が、どうして好きなんだろうか? 自分が本当に好きでない相手に好かれて、その相手を好きになれるものなのだろうか?
「相棒? ちょいと聞くけどよ?」
 ぐい、と真剣な表情でボッシュが顔を近づけた。ただならぬ雰囲気にリュウも顔を寄せる。
 ぼそり、とごく小さな声でボッシュが言う。
「第三の選択ってのはないよな? 相棒?」
 心配げに念を押してきたボッシュへ、リュウは首が痛くなるくらい左右に振った。脳裏に言われて初めて気がついた第三の女が浮かぶ。
 自ら煉獄に焼かれる事を選ぶのは、よっぽどの罪人だろう。



 自分が蛇体に絡み付かれている図を想像してリュウがげんなりしていると、近くでロバの引く荷車がゆっくりと止まった。
 資材の搬入はもっと奥なので、不思議に思ってリュウが顔を上げる。ボッシュは立ち上がっていた。
「もふもふ~!」
 御者台にちょこんと座っていた10歳くらいの女の子が、ぴょこんと跳ね降りるとそのままボッシュに突進した。
「はい、もふもふ~」
 にっこりと笑ってボッシュが少女を抱くと、少女はつま先立ちになって開いた胸元の毛皮へ顔を埋めた。ポニーテールが揺れてきゃっきゃっ、と嬉しそうな笑い声が弾む。
 リュウがきょとんとしていると、御者台から声がかかった。
「す、すみませんボッシュさん……いつもいつも」
 肩掛けのフードを脱ぎながら、妙齢の女性が恐縮した様子で言う。髪を肩にかかる前に切った、庶民的な雰囲気の美人だ。ちょっと垂れた眼が可愛らしい印象を与えている。少女と似ているので親子なのだろう。父親が獣人なのか、少女に控えめな牙と尖った獣の耳がある。
 ちょっと仕草におどおどした感じのある女性を見て、リュウはここにディースがいなくて本当に良かったと思った。絶対いぢめられてる。
「あ、そうだリュウ、言うの忘れてた」
 ボッシュが少し気恥ずかしそうに頬を掻いて言った。
「俺、この人の所にしばらく世話になるから」
 リュウがその言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。ボッシュの胸に顔を埋めて満足そうな女の子と、その若い母親を交互に見る。
「……えっ?」
 あまりにも驚いたので、リュウのリアクションはなんだか小さかった。
「ええと、あの、わたくしニアと申します。小さな食堂兼宿をやっていまして、ボッシュさんには、いつも新鮮なお肉を卸していただいていまして、それで……」
 頭を下げて説明をするニアの言葉に、リュウは単にこくこくと頷くしかない。
「あのねあのね、もふもふこないだ嫌なお客さんやっつけたの! すっごいかっこよかったよ!」
 ようやくボッシュの胸から顔を離して、少女が眼をきらきらと輝かせて言う。
「きっとこれがおとーさんって感じ!」
「こ、こら、ニウ!」
 急激に顔を火照らせてニアが叱りつけるが、ニウはきょとんと見つめ返すだけだ。
 頬を染めたニアが、ボッシュを見つめた。ボッシュが見つめ返すと、ニアは慌てて視線を引きはがす。高まった動悸を抑えるかのように、胸の前で強く両拳を固めた。
 少し悲しそうな視線で、ボッシュはニアを見つめていた。
 ……えー……。……あれー……。
 目前の光景がリュウにはやたら遠く感じられた。
 コレってアレなのか?
 どれがなんだか分からないが自問自答する。
「えーと、そういうわけで行ってくるから。ニアさんの所に居なければ猟かな?」
 ぽかんと口を開けていたリュウに、ボッシュが少し気恥ずかしげに言う。
「うん」
 リュウは頷いた。
「金がある程度貯まったら持ってくるよ」
「うん」
 再び頷くリュウ。ボッシュが肩掛け袋を荷台に置いた。
 御者台にボッシュが乗り込み、その両脇にニアとニウが乗り込む。ニアはそっと肘を絡ませて、ニウは腰に抱きついている。
 抑え込んだ感情を感じさせるニアの表情はニーナのようで、好意を全く隠さずに無邪気に微笑んでいるニウの表情はリンプーのようだった。
 ボッシュが手綱を引き、ゆっくりと荷車が回転する。
「それじゃあまたな、相棒!」
 顔を振り向けてボッシュがにこやかに言う。
「うん」
 リュウが頷く。
 ゆっくりとしたスピードで荷車は進み、離れていく。
「ニウ、ちゃんと学校行ってるのか?」
 全て見透かした、諭すようなボッシュの声に、ニウの不満げな声が返される。
「……いじめられるもん」
「今度から『牙も耳も、もふもふと一緒だー!』って言ってやれ。つよーいもふもふとおんなじなら、嫌じゃないだろ?」
「……うん!」
 打って変わって、元気な声が響いた。
「ごめんなさい、ボッシュさん……。ニウの事まで面倒見て貰って……。それに、『もふもふ』なんて……その……」
 ためらいがちなニアの声に、元気のいいボッシュの声が被さった。
「いいんですよ、ニアさん。泊めていただくんですから、やって欲しい事があったら、なんでも言ってください」
「……それ……じゃあ」
 ほんの少し上ずった声の後に、ニアの体がボッシュにしなだれかかった。
「少しだけ、ほんの少しだけ、このままで……」
 哀願のような弱々しい声に、ボッシュは答えない。
「……お母さん、どうしたの? もふもふしてもらう?」
 心配そうなニウの頭に、ボッシュの手が置かれた。優しく、力強く小さな頭を撫でる。
 荷車の上の三人の影を見送りながら、リュウはボッシュが遠くへ行ってしまった事をひしひしと感じていた。丘を越えていくのが地平線を越えていくかのように見える。
 追い付けないほど先に行かれてしまった、置いてきぼりになった寂寥感がリュウを包み込む。
 荷車の影が見えなくなってからも、リュウはそこに立ち尽くしていた。
 リュウの胸に、たった一つの疑問がわだかまっている。
 ボッシュは、ニアさんといたしてしまったのだろーか。
「うわー」
 きちんと地面に接地されていなかった足元の煉瓦が滑って、リュウが派手に転んだ。



 リュウはとぼとぼとテントへ向かって歩いていた。夕食も食べ、奇跡的に無事だった風呂も入ってきたのだが、気持ちがさっぱりしない。
 思い切りぶつけた後頭部の痛みが主な原因ではない。
「はあ~……」
 情けないため息が盛大に漏れる。
 ……ニーナに嫌われてしまった……。
 みんなでスープを貰うために並んでいたのだが、配膳係のニーナはリュウの番になった瞬間、理由を付けて場所を離れてしまった。
 話しかけようとしたまま口をぱくぱくさせたリュウが列を離れるとすぐ戻ってきたので、あからさまに避けたのだろう。
 ぷい、とそっぽを向いて離れていったニーナの横顔が脳裏に浮かんだ。
 人生が全て順調のようなボッシュが羨ましい。そして、そんな自分がとても情けない。
 ニーナが怒っているのは、単に自分がはっきりしない弱気な性格だからだ。リンプーにちゅうを迫られたときも、頑として断れば良かったのだ。
 ……その後のディースの妨害を考えると、あれで正解だったような気すらしてくるが。
「とりあえず、明日謝ろう」
 自分を叱咤するように声に出して言う。言い訳にならないように気を付けなければならない。
 テントの入り口をめくって膝をついて入ると、明らかな異常がある事に気がついた。真ん中に敷いてある毛皮の上の毛布が、身体を丸めた人型に盛り上がっている。
 リュウは襲ってきた頭痛を和らげるために、こめかみを揉んだ。
「……来ないにゃ」
 毛布の中から小さな声が漏れた。毛布の端から虎縞のしっぽが出てぱたぱた揺れている。
 頭痛を消し飛ばすように、リュウは声を張り上げた。
「こら! リンプー!」
 同時に毛布を引っぺがす。
「ちゃんと自分の所で寝なさ……!」
 ひるがえった毛布で閉ざされた視界が元に戻ると、リュウの眼がまるく見開かれた。ごくり、と生唾を飲む音が狭いテントに響く。
「……いにゃーん」
 裸で、胸を押さえたリンプーが上目遣いにこちらを見ていた。胸を押さえている手は指の先だけで乳房の先端を隠し、下から押し上げて谷間を強調している。下からリュウを見上げる表情は小悪魔のそれだ。
 リュウは誘惑を振り切るように眼を閉じると、毛布をリンプーに掛けた。
「にゃ?」
 不思議そうにリンプーが声を発する。
「もういいにゃ?」
「えーと、あー、うん」
 しどろもどろにリュウが答える。眼はリンプーの方を向いているが視点が定まっていない。
「元気出たにゃ?」
「ええ……まあ」
 青少年としては元気が出ざるを得ない。
「ディースが、こうするとリュウちゃん元気が出るって言ってたにゃ。ごはんの時もおふろの時も元気がなかったから、やってみたにゃ」
 リンプーが純粋に自分を心配してくれていた事を知って、リュウの胸の中に温かいものが広がった。同時に、風呂場を覗かれていた事を知ってげんなりする。
「……ありがとうな」
 リュウの少し陰った微笑みに、リンプーは恥ずかしそうにはにかんだ。
 毛布から指の先と顔だけを出して、ぢー、とリンプーがリュウを見つめる。
「それでね、一つのおふとんでね、ふたりでいっしょに寝るんだって」
 ぢー、と容赦なく期待でいっぱいの視線を向けてくるリンプーに、リュウはたじろいだ。
 脳裏にさっきのリンプーの姿が浮かぶ。指の先で胸の先端をぎりぎり隠していたのだが、実は少し見えていなかっただろうか?
 リュウは拡大処理し始めた脳裏の映像を振り払うように、ぶんぶんと首を振った。
「……だーめ」
 ちょっと疲れた声でリュウは答えた。
「えー! にゃんでー!」
 ぷう、と頬をふくらませてリンプーが抗議の視線を送ってくる。
 子供っぽい仕草に、リュウは思わず微笑んだ。すっと伸ばされた手を、リンプーが見上げる。
 優しく頭を撫でられて、リンプーは嬉しそうな恥ずかしそうな表情で眼をつぶる。
「かわりに、リンプーが寝るまで一緒にいるよ」
 脳裏に、幼い頃消えてしまった父と妹の面影が浮かんだ。自分は今、父のようにリンプーの頭を撫でているのだろうか? もし再会できたなら、妹はリンプーと同じくらいの背格好だろうか?
 物思いにふけるリュウを、リンプーの眼が暗がりの中のわずかな光を反射して、じっと見つめている。
「……おっと、リンプー、どうした?」
 視線に気づき、慌ててリンプーの頭を撫でるのを止める。
「むにゃあ……」
 リンプーの頬が羞恥に染まり、それを隠すように毛布を引き上げる。
「……お歌……」
 じっとリンプーの言葉を待っていたリュウに、いつものリンプーからは想像できないか細い声が届いた。
「おかーさんとかが、ねんねする子供に歌う、お歌。歌って欲しいにゃ……」
 毛布の下から、ぼそぼそと恥ずかしそうな声が漏れる。哀願の籠もった声に、リュウは微笑んだつもりだったがうまくいかなかった。
「……いいよ」
 ぱあっ、とリンプーの表情が明るくなる。
「……ただ、俺も歌詞とか、メロディとか、全然知らないんだ。ごめんな」
 悲しそうな表情を隠しきれなかったリュウに、リンプーは元気よく微笑みかける。
「歌詞が分からなくても、いいんだにゃ! 鼻歌でもいいにゃ! リュウちゃんが歌ってくれたら、リンプーはそれで、いいんだにゃ」
 リュウは悲しさと嬉しさがない交ぜになった感情を誤魔化すかのように、リンプーの頭を少し強く撫でた。リンプーは嬉しそうに眼を閉じて微笑む。
「じゃあほら、リンプー、ちゃんと眼を閉じないと」
「はいにゃ」
 リンプーの脇に横になり、少し喉の調子を整えるように咳をした後、歌詞もメロディもうろ覚えな子守歌が始まった。毛布に包まれたリンプーの腹部を、ぽん、ぽん、と調子を取るように優しく叩いてやる。ほとんど鼻歌だったが、リンプーは満足そうにくすくすと笑っていた。
「……リュウちゃん、少し音痴だにゃ」
 リンプーがいたずらっぽくリュウを見上げて言う。
 リュウは黙って、リンプーの頭を強く撫でた。髪がぐしゃぐしゃになったが、リンプーはとても嬉しそうに、楽しそうに、もっとせがむように頭を押しつけてきた。
 歌詞のない子守歌はかすれ、途切れそうになったが、リンプーがそれに気づく事はなかった。
 すやすやと眠るリンプーの寝顔は、とても満足そうで、幸せなものだった。



 リンプーを起こさないようにそっとテントを抜け出したリュウは、共同体のどこかへ宿を求める気にもならず、すぐそばの開けた場所に向かった。
 地面が少しごつごつとしていて、苔と下草だけが生えている。傾斜がついて小さな崖がリュウのテントへ向いているので、下が大きな岩石か何かなのだろう。
 寝転がると、星がきれいだった。月も明るい。苔と下草が思いの外いいクッションになった。
 消えてしまった自分の家族の事や、今までの冒険の事などが自然と脳裏に浮かんでは消えていく。
 流れ星が輝きながら長い尾をひいて、ゆっくりと消える。
 小さな子供のように、リュウは流れ星に願掛けをする気分になった。
 リンプーの幼児のように無防備な寝顔が脳裏に浮かぶ。世界の平和を願う前に、共同体の平和を願ってもいいだろう。
 つ、と尾を引いた流れ星に心の中で願う。
『ディ』
 こちらの無理な願いを察したかのように、すぐさま輝きは消えた。



 暗い林の中を、そろそろとニーナは進んでいた。漏れないように絞られたカンテラの光が足元を照らしているが、足元はおぼつかない。人間よりも夜目が利かないので慎重に進まざるをえない。
「……はあ」
 緊張をほぐすように足を止めると、自然とため息が漏れてしまう。
 リュウちゃんに意地悪しすぎちゃった……。
 みんなの前で謝るのも恥ずかしく、二人きりになる機会もなく、謝りに行こうと悩んでいる内にとっぷりと日が暮れて深夜になってしまった。
 ……誤解、されちゃうかな……?
 困惑に口元が引き結ばれ、眉根がほんの少し寄った。羞恥にほんのりと頬が染まっているのが自分でも分かる。
 客観的に今の状況を見ると、逢い引き以外の何でもない。
 リュウのテントに辿り着いた後の展開を想像して、かあっと身体が芯から熱くなった。
 だ、だいじょうぶ! いつものパジャマだし……。けど、ちょっと子供っぽいかな……。下着はちょっと大人っぽい感じのだけど……。
 深夜の林の中で、ニーナはもじもじとパジャマの身だしなみを整える。揺れたカンテラの光に、小さくリュウのテントが照らされた。慌ててカンテラの光を足元に戻して再び歩き出す。
 あ、あたしったら……。ディースさんのせいね! もう!
 一人で沈んだり照れたり怒ったりしているうちに、リュウのテントに到着する。布が垂れた入り口からは中が覗けない。
 こくり、とニーナの喉が鳴った。
 困惑と羞恥と期待、少しの怯えをない交ぜにして、ニーナはしゃがみ込むと出入り口から声を掛けた。
「……リュウちゃん? ……リュウちゃん?」
 声を大きくするのもはばかられて、ニーナはカンテラの窓を閉じると四つんばいになってテントに頭を入れた。一気に辺りを照らすものがなくなって、何も見えなくなる。
「……リュウちゃん?」
 すやすやと眠っている吐息だけがテントの中に響いていた。やきもきしていたのが自分だけだと分かると、少し恨めしい。
 テントの中はリュウの匂いがした。青年になりつつある少年の、男の匂いだ。
 ニーナの鼓動が早くなった。相手がこの音で起きてしまわないか心配になる。リュウから貰った汗まみれのシャツでぬいぐるみを作り、寂しい時はそのぬいぐるみを抱きしめて寝ている。
 ぬいぐるみを抱きしめるだけでは、寂しさが埋まらないときもある。
 出入り口に引っかかっていた翼を一旦小さく畳んで、ニーナは全身をテントの中に入れた。寝息の音で場所にあたりをつけてにじり寄る。
 ニーナの頬がほんのり染まり、舌がゆっくりと唇を湿らせた。
「リュウちゃん……」
 呼びかける声も、ほんのり湿っていた。
「ねえ、リュウちゃん、寝てるの?」
 言葉とは裏腹に、声が大きくなっていた。
 リュウに起きて欲しかった。起きて、自分の気持ちを伝えて、全て受け止めて欲しかった。リュウに応えて欲しかった。
 ニーナは口づけをするかのように、ゆっくりと寝息のする場所に顔を近づけた。
 寝息は幼児のように健やかで、ニーナは自分の視力を嘆いた。きっと、何も知らない子供のように無防備な寝顔だろう。
 リュウに目覚めて欲しいような、ずっとこのままでいたいような複雑な感情で、ニーナはリュウの寝顔のある場所を見つめ続けた。
 ゆっくりと感情が高まり、小さく唾を飲んで、ゆっくりと濡れた唇を開く。
「リュウちゃん、あたしね……」
「んにゃー」
 ニーナの告白は大きな寝言で遮られた。同時に腕が捕まれて、ニーナは眠っている身体の上に倒れ込む。ぎゅっ、と思いがけない強い力で抱きしめられ、胸に顔を埋められた。ニーナの身体を歓喜が駆けめぐり、かけた。
 何か違う。
 自分の胸に顔を埋めている相手の胸は小さいながらも柔らかく張り出しており、それが腹部に当たっているのだ。
 一陣の強い風が吹き、出入り口の布がまくれ上がった。月明かりが射し込む。
 夜目の利かないニーナにも、間近にある顔が判別できた。
「なにこれ」



「……?」
 一陣の風が通り過ぎて、リュウは寒さに少し目を覚ましていた。流れ星を待っているうちに眠ってしまったようだ。ちなみに流れ星は流れてくれなかった。
 その耳に、小さな喧噪が届く。
 すぐに眼が冴え渡り、リュウはゆっくりと音を立てないように起き上がった。
 中腰になって音の出所を探すと、共同体の方ではなく、すぐ側ら、自分のテントのある場所からだった。
「……あれ?」
 聞き覚えのあるニーナの小さな、それでいて必死な声に、リュウは眉をひそめた。少し警戒したまま、足音を立てずにゆっくりとテントに向かう。
 テントを見たリュウの目が見開かれ、思わず小さな声が口から漏れる。
「なにこれ」



 テントの出入り口から、柔らかそうなまるい塊が二つ突き出していた。
「だ、だめリンプーちゃん、やめて、放してっ」
 ニーナの声に合わせて塊が揺れ、表面の布地が裏から押し上げられ、張りを生み出している。
 前後左右に揺れる塊の様子が妙に艶めかしく、リュウはごくりと生唾を飲んだ。
 塊の下に正座するように畳まれた足があり、ニーナのお尻だと気づいてからもう一度生唾を飲み込む。
 ニーナが気にしている大きめなお尻が、みずみずしく揺れる。お尻というパーツ単品で見るとやたら艶めかしい。
 リュウはニーナの小さな悲鳴を少し後回しにして、そろりと横に回った。少しだけ罪悪感を感じたが、目の前のお尻の魅力にすぐ消える。
 パジャマのズボンが下がり、上着が上がっているので腰の部分がよく見えた。腰骨の上から下へとショーツの紐が急角度を描いている。ニーナの浮かび上がる白い皮膚にわずかに食い込んで、皮膚が吸い付くような柔らかさを主張している。
 色が明るいので白らしい。リュウはふむ、と納得したように頷いた。特に意味らしい意味はない。
「あっ、きゃあっ」
 ぶちぶちぶちぶちっ、と恐らくボタンが弾け飛んだであろう音が響いた。リュウの中に罪悪感とチャンスを逃さない打算が芽生える。
「……どうしたの、ニーナ」
 少し悩んで、とりあえずお尻に声を掛けた。
「あっ!? リュウちゃん?」
 お尻はびっくりして硬直した後、嬉しそうに左右に揺れた。単にニーナが驚いて硬直した後、方向転換を試みて断念したのかも知れない。
「えっとね……違うのよ!」
 びっ! とお尻が突き出されてリュウは少し納得した。あまりにも情報量が少ないのだが、ニーナが計算違いなちょっとした窮地に立っている事は納得した。
「……えーと」
 リュウは再び少し考え込む振りをした。もうしばらくニーナの魅力的なお尻を鑑賞していても構わないのではないかと思う。近くに置かれたカンテラの通気口から漏れる光で、陰影が濃く彫られたお尻は昼よりも誘うような色気を放っている。
「……どうしたの?」
 お尻が心配そうにじっとこちらを見つめて言った、ようにリュウには思えた。慌てて首を振って雑念を追い払うと、口を開く。
「あーいや、とりあえずテントに入ってくれない? リンプーどうにかするにしても、俺が入れないと話にならないし」
「あ、そうね」
 ほっとしたようにお尻がもぞもぞとテントの中に入っていく。リュウはがっかりした。
「リュウちゃん、右側が空いてるから」
「あ、うん」
 ニーナのテントからの声に、なんだかやる気のないままテントに入る。
 出入り口から漏れて入る月明かりに、すかぴゅー、と寝息を立てて眠るリンプーがまず見えた。ニーナの両手を掴んで放さないようだ。
「えっと、その、リンプーちゃんが放してくれなくて……」
 ニーナの困惑した声がする前に、リュウはニーナを見ていた。パジャマの上着のボタンが上から腰の辺りまで弾け飛んで、大きく開いている。乳房を下から持ち上げるタイプのブラが、大胆なカットで乳房の上の谷間を強調している。縁には小さなフリルがあしらわれている。
「えー、あー、そうね」
 生返事をしながらリュウはニーナの乳房を食い入るように見つめた。
 すごい。ちょっと身体を動かすだけで揺れてる。
 打算は当たっていたようだ。リュウはニーナの夜目が利かなくて良かったと思った。
「……どうしたらいいかな?」
 困り果てたニーナの声に、リュウは視線を豊かな乳房から引きはがした。ニーナは眉根を寄せて涙目でこちらを見つめてくる。
 ふくよかな乳房と加虐心をそそられる表情に、ずっとこのままで構わないような気がしたが、少しの罪悪感に押されて行動を開始する。
「おーい、リンプー、起きろー」
 立ち上がるスペースはないので、三人で川の字に寝転がりつつ、リュウはリンプーの耳元に大声で言った。
 リンプーの耳が煩わしそうにぴくぴくと動き、何故かニーナは顔を真っ赤にして慌てている。何か言おうとしているのだが言葉が見つからないようだ。
 リュウが不審に思っていると、寝返りを打つような感じでリンプーの左手が飛んできた。
「わっ?」
 慌ててその手首を受け止める。単に振っただけの手だが思いの外威力がある。ほっとした瞬間、リュウは手首を掴まれていた。
 引きはがそうと力を入れた瞬間、二倍の力で引き寄せられる。
 リュウとニーナは、リンプーに引き寄せられたような状態で、お互いの顔を突き合わせていた。お互いの吐息が感じられる近さに、二人の鼓動が早くなる。
「ご、ごめん。俺も掴まれちゃった……」
 再びリンプーの手を引きはがそうとするが、そうすると力が入って引きはがせない。別にずっと力が込められているわけではないので、掴まれている事が苦ではない。ゆっくり動かす分にはなんの支障もなく、引きはがそうとした時だけ力が入るのだ。
「ご、ごめんねリュウちゃん、こんな事になっちゃって」
 申し訳なさそうにニーナが言う。いつもはうつむいて言うだろうが、今はこっちが見えていないせいかまっすぐにこっちを向いている。
「い、いや、そんな事ないよ」
 リュウはどきまぎしながら心の底から本音を言った。ニーナが空いた左手で襟を押さえているのだが、そのせいでパジャマから乳房が押し出されて非常に大胆な事になっているのだ。
 ニーナはそもそもリュウのテントに来た理由が言えず、リュウはニーナの放つ艶めかしさに圧倒されて口が開けず、ただ時間だけが過ぎた。
「にゃにゃむにゃー……」
 何事かを訴えるかのようなリンプーの寝言らしきものに、二人は小さく笑った。みるみる二人の緊張がほぐれていく。
「……ほんとに力ばっかり強いだけで、子供みたい……」
 掴まれたままの手をゆっくりと動かして、ニーナがリンプーの頭を撫でる。リンプーは撫でられるのをせがむように、ニーナの手のひらに頭を押しつける。
 リンプーの要求に応えて頭を撫で続ける感触に、ニーナは優しく微笑む。
 リュウの表情に、かすかな影と隠しきれない憧憬が浮かんだ。
「お母さんみたいだ」
 自分の心を落ち着かせるために紡ぎ出された言葉は、かえって自分の胸を掴むような、ひどく切ないものだった。
「え?」
 ニーナが視線をリンプーからリュウに転じた。視線から逃げるように、顔を背けたリュウの視界の端に、きらりと光るものが映った。
 自然とリュウが再びニーナの方を向く。
 呆然とした表情で一粒の涙をこぼすニーナが、漏れる月明かりに照らし出されていた。
「えっ? あっ、ごめん!」
 何が何だか分からないまま、慌てて謝るリュウ。
「えっと、その、『お母さんみたいだ』っていうのは、優しくて包容力のある女性って意味で、悪い意味で言ったんじゃなくて……」
 リュウのしどろもどろの弁明が続くうちに、ニーナの顔に表情が戻り、くすりと微笑んだ。リンプーの頭を撫でてやりながら、涙も拭かずに口を開く。リンプーに向けられた視線は悲しく、微笑みは自虐的なものに転じていた。
「……リュウちゃんにこんな事言うのも変だけど、あたし、乳母に預けられっぱなしで……。周りからも良く思われていなかったし……本当の意味で『お母さん』っていうのがどんなものか、よく分からないの。だから」
「俺が保証するよ」
 ニーナの辛く吐き出すような言葉を、リュウの力強い言葉が遮った。
「え?」
 いまだ意味を捉えかねた驚きの視線が、リュウに向けられた。
「ニーナは優しくて包容力のあるいいお母さんになれるって、俺が保証するよ」
 リュウはニーナを見つめ、その悲しみを断ち切るように力強く言い放った。
 言葉の意味を捉え、ニーナの表情が喜色に染まった。そしてゆっくりと頬が赤くなる。
「じゃ、じゃあ」
 自分の喜びを誤魔化すように、ニーナが口を開いた。
「あたしは、リュウちゃんが優しくて包容力のあるいいお父さんになれるって、保証する!」
 顔を真っ赤にして、ニーナは宣言した。リュウの顔もニーナと同じように赤く染まる。視線を絡ませあう二人の脳裏に、二人で一人の子供の手をつないでいる像が浮かんでいた。右手と左手をそれぞれニーナとリュウにつないでもらって真ん中で嬉しそうにしているのは、なぜか幼児のリンプーだった。
「むにゃ!」
 お互いの告白の意味深さに視線を交わしたまま動けないでいると、リンプーが不満そうな声を上げた。頭を撫でられるのが止まっていたのが嫌だったようだ。
 リンプーは勢いよくニーナの方に頭を寄せた。頭を撫でていた手が外れて、ぼす、とニーナの胸の谷間に顔を突っ込む。
「ひあぁっ!?」
 胸の谷間を押し分けるように顔を突っ込んでくるリンプーに、ニーナは思わず声を上げた。ふんふんと荒い鼻息が胸の谷間から漏れる。
「こ、こらっ」
 リュウが慌ててリンプーの身体をニーナから引きはがした。ごろりと自分の方を向いたリンプーの鼻が、むずむずと動いている。
 嫌な予感を覚えてリュウは眼を閉じた。そして諦念した。
「ぶにゃっ!」
 ブラの小さなフリルに鼻を刺激されたリンプーのくしゃみが、リュウの顔を直撃した。細かい霧が勢いよく叩き付けられる音がテントの中に響く。
「……優しいだけじゃ駄目よね。たまには厳しくしないと」
 再びご満悦の表情で眠っているリンプーの頬を、ニーナがむにー、と引っ張る。
「……そうだね」
 袖で顔を拭うと、リュウもリンプーの頬を引っ張った。
 両方から頬を引っ張られながら、リンプーは幸せそうな表情で眠り続けた。



「……ふにゃぁ……?」
 リンプーがテントの中で眼を覚ますと、なんだか寂しかった。いつものように一人で眼を覚ましたのに、いつもよりなんだか寂しい。
 眠ったときにいたリュウちゃんがいないからかも知れない、とリンプーは思った。
 それとも夢のせいかも知れない。
 いつものはお魚やお肉の夢、それにリュウちゃんやニーナ、ディースの夢なのに昨日の夢は違ったのだ。
 自分がまだ小さくて、お母さんがまずやってきて、次にお父さんがやってきて、そして両手をつないでくれるのだ。自分を中心にして、かすかにすら覚えていない両親が一緒に居てくれるのがすごく嬉しかった。
 ふんわかしたとてもいい夢だったのだが、最後は何故かほっぺを両方からむにー、と引っ張られたので、リンプーはそこだけが不満だった。
 両手を伸ばして床に着け、お尻を突き出すように伸びをすると、リンプーは幸せな夢の事を誰かに話そうとテントを飛び出した。
 裸だったので慌てて引き返す。なんで裸だったのかはよく覚えていない。ディースに言われてた事をやったような気がする。
 服を着てテントを飛び出すと、すぐに井戸端のリュウとニーナが目に入った。
 ニーナはパジャマの上にリュウの上着を着ていたのだが、リンプーはあんまり気にしなかった。リュウが顔を念入りに洗いながら少し怒った顔をしていたが、リンプーはあんまり気にしない。
 二人とも眠そうな顔をしていたが、やっぱり気にしない。
 リンプーは自分がいかにいい夢を見て満足したかを二人に話した。
 ちょっとびっくりした表情のあと、二人がとても嬉しそうに、楽しそうに話を聞いてくれてリンプーはとても幸せな気分になった。
 ほっぺたをむにー、とされた部分で二人が見つめ合って笑ったのが、リンプーには不思議だった。
 微笑み合う二人を見て、リンプーはお父さんとお母さんってこんな感じなのかな、と思った。



 暗い洞窟の中で艶めかしさを隠しきれない声が響く。
「ふぅう~ん?」
 いい具合に酔ってる。



 風呂上がりのリュウは清々しい気分でテントに向かっていた。こんなに気分がいいのは久しぶりだ。
 今日一日は柱を立てるきつい肉体労働があったのだが、その疲れさえも心地いい。
 ニーナは笑顔で細かく気を配ってくれたし、リンプーは自分から進んでお手伝いしてくれた。休憩時間には三人で話が弾み、揃って笑った。
 悩みがないという事はとてもいい。
 今までの悩みが微妙にいびつな女性関係だった事に考えが及ばないでもなかったが、自分で気分を悪くするのも嫌だったので考えないでおく。
 髪が乾くまでテントの外で軽く屈伸運動をして、毛布に潜り込んだ。リンプーのものかニーナのものか、少し甘いような匂いがついていてどきりとする。
 疲れているとなぜそうなりやすいのかは知らないが、体の一部が元気になってきたのでちり紙とごみ箱の場所を確認する。両方とも枕元にあったが、少し遠いのでそれぞれ引き寄せた。
 自分のものではない体臭が少し染みついた毛布に包まれ、昨日のニーナのテントから突き出たお尻や、パジャマから押し出された乳房を脳裏に浮かべる。
 しかし性欲よりも睡眠欲が勝り、リュウは眠りの世界へと滑り落ちていった。



「……ちゃん」
 夢うつつの中、誰かに呼ばれたような気がしてリュウは身じろぎした。しかし、身体がうまく動かない事に気がついて休息に眠気が飛んでいく。
「……リュウちゃん……リューウちゃあん」
 聞き覚えのある湿ったように粘る甘い言葉に、リュウの意識は休息に覚醒した。
「うわー」
 眼前にあるディースの顔を見て、思わず声を上げる。動かない身体を確認したら、ディースの下半身の蛇体と両手が絡み付いていた。
「なあによう」
 ぷう、と酔眼でリュウを見つめてディースは頬を小さく膨らませた。吐息の匂いが妙に甘ったるい。
 リュウを睨むように見つめたまま、ディースは小さな瓶を口元に運んだ。果実酒の甘い匂いがする。吐息と同じ匂いだ。
 いつからずっと飲んでるんだ?
 リュウの背中を戦慄が駆け抜けた。
「ニーナとリンプー、二人とちゅうしたでしょー」
 いたずらっぽく笑うと、人差し指でリュウの頬をぐりぐりと押す。爪が尖っていて結構痛い。
「うわー」
 ディースの戒めから逃れようとしたが、下半身ががっちり蛇体に巻き付かれていて上半身をばたばた動かす事しかできない。
 後ろからディースの顔が近づいてきたかと思うと、牙の部分で耳を噛まれた。甘噛みよりも少し強い、責め方を知った噛み付き方だ。段々力を入れられる。痛みに耐えていたら力が抜かれて甘噛みされ、突き出した舌の先で嘗められる。
「……ちゅうしました」
 リュウは折れ、事実を認めた。ディースの言う事をちゃんと聞かないと色々と奪われてしまいそうだ。
 ディースの顔が再び眼前に迫った。こっちの身体は動かず、ディースがリュウの身体を締め付けたまま蛇体をくねらせているのだ。酒のせいだけではない紅潮した頬で、興奮気味に言う。
「そんでもって、えっちしたでしょ? しかも三人で!」
「いやしてません」
 即座にリュウは否定した。事実だ。
「えー。うそー」
 あからさまにディースはがっかりしている。
「するでしょ普通あれは。なんでしないの?」
「……いやちょっと待って。なんで洞窟に籠もりきりだったディースが外の事知ってるんだ!?」
 ひとまず今日一日がとても良い日だったのはディースが居なかったからだと気づき、リュウの口調が責めるようなものになった。
「えー。どうでもいいしー。えっちしよっか」
 さらりととんでもない事を言ってのけ、ディースの手がリュウのズボンの紐に伸ばされる。とても楽しそうだ。
「うわー」
 成り行きに驚きリュウは逃げだそうと身体をもがかせるが、動くのは上半身だけだ。するりと紐の結び目がほどかれる。
「いや! どうでもよくないから! すごく大切だから!」
 最後の抵抗のようにディースに向かって叫ぶ。視線をリュウの下半身に注いでいたディースが、きょとんとしたような顔を上げた。
「え? 何が?」
「……いや、なんで俺がニーナとリンプーの二人にちゅうしたのとか、その、三人で俺のテントに居たのか知ってるのかって事……」
 相手がいい具合に酔っているのと、必死に逃げ出そうとした反動で、リュウはがっくりと脱力した。
「ああ、聞こえたっていうか見えたっていうか」
「え?」
 面白そうにディースがくつくつと笑うのを、リュウはきょとんと見つめる。
「リュウちゃんのテントの近くまで裂け目が続いているみたいでさ、光は入らないんだけど音が聞こえてくるのよ。でね、なんか声が聞こえて来たりして面白そうだから水晶玉で見てみたら、これがまた、ねえ?」
 愉快そうに喉で笑い声を上げるディースを、リュウは愕然と見つめた。夜空を見上げた岩盤の下の小さな崖が思い浮かぶ。自分の運のなさは呪うしかない。
「……えーと? あ、そっか。優しくしてあげるからー」
「うわー」
 ズボンの中にたおやかな指が進入してきて、リュウはやっぱり暴れた。
「もうっ! 何が不満なのよう。えっちしようよ」
 むにゅう、とディースが非常にボリュームのある胸を顔に押しつけてきた。布地越しに先端が硬くなっているのが分かる。
 リュウは脳裏に、ニーナの、リンプーの姿を思い浮かべた。二人の嬉しそうな微笑みが鮮明に浮かぶ。他に魅力的な胸や腰やお尻が出てきてしまったので、そっちはどうにか隅に追いやる。
「んんうん」
「やあん、くすぐったあい」
 リュウの頑とした言葉は、ディースの胸の柔らかい弾力に阻まれて消えた。嬉しそうにディースが身体をくねらせた隙をついて、少しばかり戒めから解かれる事に成功する。
「しません」
 顔を羞恥で耳まで真っ赤にしながら、リュウは眼前のディースに言い放った。
「えー。なんでー……?」
 酔いのせいで感情が非常にストレートに出るのか、ディースはがっかりした表情を浮かべた。
「こんなになってるのにー?」
 ディースの細い指が、ズボンの布地越しにリュウの元気になった部分をまさぐる。
「うわー」
 リュウは慌てて叫んだ。酔っぱらいの行動は先が読めない。
「ストップストップ! 今話するから!」
 動きは止まったが添わされたままの指に発言を撤回したくなりつつ、リュウはじっとディースを見つめた。
 ディースも嬉しそうにふわりと笑ってリュウを見つめた。いつもよりとげとげしさがない柔和な微笑みで、目元が潤み、頬に朱が射していて色っぽい。
 どきりとしてしまった自分を制するために、再びリュウは脳裏にニーナの優しい微笑みを、リンプーの元気な笑いを、ディースが見られる事を嫌う子供を見守るような笑みを思い浮かべた。やっぱり一緒に胸や腰やお尻が出て来てしまったので、再度脳裏の片隅に追いやる。
「……どうしてえっちしたいの?」
 子供を諭すように、リュウはゆっくりと、優しく言った。
「えー。だって、気持ちいいから。あたしも気持ちいいし、リュウちゃんも気持ちいいし。どっちか片方だけ気持ちよくなる場合も多いけど、悪い事なんてないじゃない」
 柔らかに微笑んでディースが言う。
「じゃあ、しません」
 リュウは言い聞かせるように、強く言った。
「気持ちよくなりたいだけなら、しません」
 じっとディースの色気のある酔眼を覗き込むようにして、はっきりと言う。
 ディースの眼が驚いて見開かれ、再びこちらを見つめたときには酔いが少し抜けていた。ちょっと意地悪そうな眼でリュウを見つめる。
「……ふうん……」
 リュウはディースから視線を外さない。
「……ここはもうこんなにしちゃってるのに……なっまいきー」
 くすくすと笑うと、ディースの指が少し動かされた。リュウはびくっと身体を硬直させながら、奥歯を噛みしめて耐える。
 ぎゅ、とリュウはディースに抱きしめられた。強く、優しい抱擁にリュウは顔を上げる。悲しいような、嬉しいような微笑みがそこにはあった。
 抱きしめた手で頭を撫でられて、リュウは驚く。
「正直、この世がどうなろうと知った事じゃないんだけどね……」
 壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと、優しくリュウの頭を撫でながらディースが言う。
「リュウちゃんみたいな子が居るから、どうにかしてあげようかな、って思うわ……」
 頭を撫でられる心地よさにリュウは驚いていた。だらしなくて意地悪なディースだが、それはほんの一面なのかも知れない。いつもの様子からは想像できないような、優しい微笑みをディースは浮かべていた。ただその眼から悲しみが消えない。
「ね、リュウちゃん」
 ディースはリュウの頭を自分の胸に埋めるようにして抱きしめた。リュウの視界は塞がれ、声だけが届く。
「……わがままかも知れないけど、ずっと、このままで居てね……リュウちゃん……」
 最後、自分を呼ぶ声が泣くように上擦っていたのは気のせいだったのかリュウは確認したかったが、抱擁を解くのもはばかられて、じっと抱かれていた。
 しばらくして、すうすうと眠る吐息が聞こえてきた。リュウはただ、抱かれたまま眼を閉じた。心地よい抱擁の中、リュウはこの何千年間、ディースが何を見てきたのか、何を感じてきたのか考えた。
 どこまでも優しい微笑みの中、眼の底だけがどこまでも悲しい。
 リュウは眠りにつけなかった。
 ディースの寝相が悪くて、巻き付いたリュウの身体ごと寝返りを打つし、酒瓶はひっくり返してちり紙で拭く羽目になるし、蛇体が絡み付き直す度に下半身の一部がこすって刺激されるのだ。
 リュウは眠たくてどうしようもないのにどうしても眠りにつけなかった。



「リュウちゃんもねぼすけだにゃ」
 ふふん、と自慢げにリンプーが言った。
「そうね、珍しいわね。昨日疲れたのかな?」
 リンプーの様子を見て、ニーナがくすりと微笑む。リンプーが朝食の時間に間に合った事はほとんどない。
 二人は連れだって、朝食に現れなかったリュウを起こすために林の中を進んでいた。
「あれぐらいで疲れるなんてだらしがないにゃ」
「リンプーちゃんは偉いわね」
 木漏れ日に彩られた林の中を、二人は楽しげに会話を弾ませながら進む。
 テントが近づいてきたとき、聞き慣れた声が聞こえた。
「……や、やだっ……! あたしったら……!」
 ニーナはびくっと硬直した。聞き慣れた聞きたくない声だ。だが、いつもと何かがおかしい。
 ばさりと勢いよくテントの入り口の布を跳ね上げて、ディースが走り出してきた。走るといっても下半身が蛇体なのでいつもより速いというだけだ。
「あれ? ディースだにゃ?」
 リンプーが唇に人差し指を当てて、不思議そうに言った。
 不思議なのはニーナも同じだった。たまたま起きて朝からリュウをからかいに行っていたのかも知れないが、からかうにはギャラリーが居た方が効果的だし、何よりも様子がおかしい。
 明らかに慌てた様子で髪を手櫛で整え、布地の少ない着衣の乱れを直している。
 そして頬には、明らかに羞恥のものだと分かる朱が射していた。恥ずかしげに目を伏せているのでこちらに気づいていないようだ。
 いつも高飛車で傲慢で意地悪なディースが羞恥に頬を染めているというのは、一体どのような事態なのか?
 ニーナは底知れぬ不安を覚えた。
「ディース! おはようだにゃー!」
 側らのリンプーが、ニーナの不安をよそに元気いっぱいの挨拶をした。高く上げた右手をぶんぶんと振る。花丸で『よくできました』と一筆したためていいほどの満点の挨拶だ。
「あっ! お、おはよう……」
 二人にようやく気づき、ディースは慌てて止まると視線を逸らしてうつむく。挨拶の語尾は小さくなって消えた。あまり二人に関わりたくない様子で、もじもじと髪を手櫛ですいている。
 あやしい。
 ニーナはディースの相手をリンプーに任せ、先ほどよりもやや速いスピードでテントに向かった。ディースがいつもと全く違う様子なのが不安をかき立てる。
 ……リュウちゃん、無事でいて!
 ニーナの両手が我知らず握りしめられる。
 いじめられて泣いていないだろうか。無理矢理飲まされて倒れていないだろうか。
「……ディース、どうしたにゃ?」
 不思議そうに、半分面白がるようにリンプーがディースの顔を覗き込んで言った。ディースの弱気な様子に興味があるのか、鼻をふんふんと鳴らしている。
「え……その……」
 ディースの顔が羞恥に赤く染まるが、少し嬉しそうだ。
 テントのそばまで辿り着いたニーナは、布が跳ね上がったままの出入り口から、テントの中を見た。数瞬の間をおいて、びきっ、と身体が硬直する。
 乙女のように両手の先を頬に当てて、ディースが言った。恥ずかしげに、誇らしげに、そして何よりも嬉しそうにその言葉は紡ぎ出された。
 リンプーは言葉の意味が分からず、不思議な表情で首を傾げた。
 答えを求めるようにニーナに視線を移す。
 ニーナの首が、油の切れた機械のようにぎりぎりと振り返った。
「ふみゃあ!」
 視線の合ったリンプーが、一瞬で涙目になって硬直した。



「……ううっ」
 リュウは強くなってきた日差しに目蓋を照らされて、ゆっくりと身体を起こした。パンツごと少しずり下がっていたズボンをまとめて引っ張り上げると、両方の紐をきちんと結ぶ。ディースに巻き付かれていたときは直す事すら出来なかったのだ。
 布が跳ね上がったままの出入り口から木漏れ日が射し込んでいた。もう昼近いようだ。
 誰も起こしに来なかったのを不審に思いながら、リュウは何気なくテントの中を見渡した。丸まったちり紙があちこちに散乱している。
 最初にごみ箱をひっくり返されたので、拭いたそのままなのだ。まだ中身が残っている酒瓶を手に持って寝るのは止めていただきたい。寝相が悪いのならば尚更だ。
 リュウは甘ったるい果実酒の匂いが充満したテントの片付けをしながら、どうして誰も起こしに来てくれなかったのか考えた。
 ……ニーナが来たのかな……。
 半分尻を出して寝ていた自分の状態を思い出して、リュウは頭を抱えた。リンプーが役目を仰せつかって声だけ掛けて帰って行った、とかだと助かるのだが。
 ニーナに自分の微妙な姿を見られた場合を想定して、リュウは煩悶した。寝相が悪いという理由は自然だとしても、ニーナがそれを見て恥ずかしくなったのには変わりがない。
「リュウちゃん、おはよう」
 テントの外から聞き覚えのある優しい声がした。リュウが慌ててテントから顔を出すと、スープを盛った器を手に、ニーナが立っていた。後ろには何故かこっちを向かないディースと、半分きょとんとした表情のリンプーが居る。
「あ、お、おはよう」
 リュウは応えながら、ニーナの表情を観察した。いつも通りのように見える。
「朝、リンプーちゃんに起こしに来て貰ったんだけど、疲れてよく眠ってたみたいだから……」
 にこにこ笑ったままニーナが言った。何かがおかしい。
 よく分からない間が流れた。
 ディースが脇のリンプーを肘でつつく。不思議そうにディースを見るリンプーを、ディースがまた肘でつつく。
「にゃ!」
 ふにゃっと半笑いをディースに浮かべた後、くるりとリュウの方を向いて言う。
「外から声を掛けたけど返事がなかったにゃ」
 再びディースの方を向くリンプー。ディースはちらりとリュウに視線を走らせた後、しぶしぶと頷いた。ディースの頬は少し朱が射しており、リンプーは何かやり遂げたように満足げだ。
 何か仕組まれてる……。
「それでね、滋養強壮にいいっていうスープを作ってみたの」
 リュウの思考を遮るように、目の前に椀が差し出された。辛そうな赤いスープで野菜や肉が入っている。甘いような少し刺激的な匂いがリュウの鼻を撫でた。見た目よりも美味しそうだ。
「あ、はい、いただきます」
 椀を受け取って、リュウはその場に座った。ニーナは相変わらずにこにこ笑ってる。
 おかしいよな……。
 ディースが再度リンプーをつついて、リンプーがはっとして言った。
「ぴりからで美味しかったにゃ」
 おかしいんだけどな……。
 リュウは椀の中を見つめたまま、心の中で首をひねった。ニーナとリンプー、リンプーとディースが組む事があっても、この三人が組むという事はあり得ないように思える。ニーナとディースの間に入って仲を取り持てるほどリンプーは器用ではない。
 ニーナはにこにこ笑って、リンプーはぢーっと、ディースはちらちらとこちらを見ている。
 いつもと違うディースの様子から、リュウの脳裏に一つの仮説が浮かび上がった。
 ニーナはリュウの寝姿を見ているので、恥ずかしいのとばつが悪くてそれを隠すためににこにこ笑っている。
 リンプーはニーナがリュウの寝姿を見ていない、という偽装のために、また、ディースが作成に関与したであろう怪しいスープの味の実験台になったために喋らされている。
 ディースは昨日酔って悪い事をした、と思ってスープの材料を提供、もしくはニーナと一緒に作ったのだが、いつもの様子からそんな事は恥ずかしくて言えない。
 ふむ、と思いながらリュウは椀に射し込まれていたスプーンを手に持った。
 ニーナがずっとにこにこしていて会話らしい会話がないのは、ディースのこのスープが思いの外美味しかったので、少し焼きもちしているのかも知れない。
 とりあえず合点がいって、リュウはスープを食べ始めた。確かに舌にぴりりと辛いが、入っている野菜の甘みと相まってなかなかうまい。
 三人がリュウの反応を期待するかのように見守っているのと腹が空いていたので、がつがつと少し行儀悪く食べてしまう。
「……ふう」
 スープまで全部飲み、リュウは顔を上げた。
 三人はまだこっちを観察するように見ている。
「……えーと、ごちそうさまでした」
 ぺこりと礼をしてから立ち上がろうとすると、ニーナが椀を半ば引ったくるように取った。
「リュウちゃん、美味しかった?」
 行動に不審を抱かせないようなスピードで、ニーナが問いかけてくる。
「えっ、ああ、うん。美味しかったよ。リンプーの言う通りぴり辛で」
 頬を掻きながらリュウが答える。
 何ともいえないような間が流れて、リュウはまた不安になった。
「……えっと、リュウちゃん、このスープには何が合うと思う?」
 にこにこ笑ったまま、ニーナが慌てたように言った。
「……何が合うって……まあ、何にでも合うと思うけど」
 答えながら、リュウは何ともいえない不安が大きくなっていくのを感じた。ニーナが料理を通してディースに焼きもちしているのではないようだ。
「あっ、そ、そうだ、甘いデザートなんかこの後に来ると最高よね!」
「そうだね……」
 リュウは明らかに様子がおかしいニーナの腕にそっと触れた。崩れかけていた笑いの仮面が完璧に瓦解して、顔に羞恥の紅が差す。
「えっ!? ご、ごえん」
 慌ててリュウは手を放し、そして異常に気がついた。
「な、なんらかふひが」
 口が回らなくなり、全身が急にだるくなって眠りに落ちていくリュウを、六つの眼がじっと見つめている。
 ……リンプーは辛いものが食べられないんだった……!
 リュウは自分の不安の元を、なんだか別の所に見いだしていた。



 ふんふん、と肉食獣が匂いを嗅いでいる。リュウは何故こんな事になってしまったのか思いつかないまま、目を閉じてじっと身動きせずにいた。
 特に空腹ではないが興味はあるのか、肉食獣はリュウから離れない。
 いっそ眼を開けて肉食獣の種類を確認したいのだが、偶然眼が合って襲いかかられると不利な体勢だ。ゆっくりと体勢を変えようにも、緊張のせいか身体が動かない。
 リュウはじっと一緒に猟に出たボッシュの帰りを待った。
 ……何かがおかしい。
 ボッシュは別の所に出かけていて戻ってこない気がする。肉食獣はリュウの身体の周りをぐるぐる回たりせず、ずっと顔の匂いを嗅いでいる。
 それになんだか、下半身に刺激がある。
「……わっ……なんですか?」
「……よ。こういうものなんだから」
 聞き慣れた声が断片的に聞こえ、気持ちいい刺激が段々大きくなり、リュウはゆっくりと夢から覚めた。
「リュウちゃん起きたにゃ」
 目の前に猫の目があった。一瞬遅れて、それがリンプーの顔だと気がつく。ぼんやりとした頭のまま、リュウは口を開いていた。
「……リンプー?」
「はいにゃ」
 状況説明を求めていたのだがあっさりと気づかず、リンプーは花丸満点の笑顔でにっこりと笑う。リュウは視線を外してゆっくりと左右を見渡した。
 洞窟の中に無理矢理作ったような部屋で、ビア樽と酒瓶、股間の所でこちらの様子を窺っているニーナとディース、それに大きな姿見の鏡が目に入った。共同体に来る前にディースが住んでいた洞窟だ。
 ディースは裸のリュウのものをしっかりと握っている。
「うわー」
 一気に意識が完璧に覚醒し、リュウは暴れたがベッドが軋むだけだった。手足の先に眼をやってベッドに自分が縛り付けられている事を悟る。
「なななんだこれ」
「ディース先生のオトナの課外授業よん。みんな身体は綺麗に洗ったし、魔法で避妊してるから安心よん」
 リュウの上擦りまくった声に、ディースがウィンクして答える。その手がリュウのものをしごく動きは止まらない。そして脇でニーナがそれを見ている。
「うわー」
 もう一回全身全霊でリュウは暴れた。非情にもロープはがっちりと結ばれている。それでいて肉体に食い込む事はないので、いかに慣れた者の仕業か分かる。
「リンプー頑張って結んだからほどけにゃいよ?」
 ベッドに頭を乗せるようにしてリュウを覗き込んでいるリンプーが不思議そうに言った。
「獲物に食い込まないようにロープ結ぶのって面倒だったにゃ」
 リュウはがっくりと暴れるのを止めた。一人で灰色熊を棒に結んでかついで帰ってくるリンプーが相手ではどうしようもない。
 そうこうしているうちにも、やっぱりディースの手は動いている。
「うわー」
 リュウは涙目になって叫ぶように言った。
「やめろー」
 なんだか声が弱々しい。
 ニーナが申し訳なさそうにリュウを見たが、すぐに視線を逸らした。ようやくそこでニーナが下着姿だと気づく。
 下が透けている、肩から細い紐で下がった布を下着というのかリュウにはよく分からなかったが。
 ディースも同じような下着だった。極薄の布地が裏から押し上げられ、乳房の形をくっきりと浮かび上がらせている。ディースの大きめの乳首の形まではっきりと分かった。
「あっ」
 リンプーが嬉しそうな声を出して身を乗り出した。見慣れた感じが強いが、裸だ。小振りな乳房がリュウの眼前でぷるりと揺れた。
「ちんち立ってるにゃ!」
 にゃはは、と明るい笑い声が響く。リュウの身体から力と血の気が抜けた。
「リンプー、めっ!」
 急にしんなりとなったリュウのものを手に、ディースがリンプーを叱った。おっかなびっくり観察していたニーナはなんだか安心したような表情になった。
「ふにゃ?」
 怒られた理由が分からず、リンプーが小首を傾げる。
「あれ? もう立っちしてないにゃ?」
 リュウのものの変化にリンプーは不思議そうな声を上げる。
「……もう。男の子は繊細なんだから気をつけなきゃ駄目よ」
 眉根を曇らせつつ、ディースは先ほどよりも早いペースで作業を進める。
「ごめんにゃさい」
 ぺこり、とリンプーは頭を下げる。反省はしたが後悔はしていないようだ。
 リュウは血の気の抜けた顔で心を閉ざしているので、周りの事が頭に入っていない。
「うまく立たなくなっちゃったわねえ……」
 憂いを帯びた声でディースはため息をついた。ニーナは脇でおろおろとリュウのものとリュウの顔を見比べている。
「寝たままでよかったのに」
 ぼそりと呟かれた言葉に、リュウは心の底で投げやりに同意した。
「……もぐらさんになっちゃったにゃ」
 ぽつりと言ったリンプーの言葉に、ディースがぶはっと吹き出した。
「あはははははははは」
 よほど面白かったのか、ディースはベッドをどんどん叩いた。不思議そうなリンプーと顔を赤く染めているニーナをよそに、ディースはひーひーと苦しげな笑い声を上げた。
 リュウはこの時ほど自殺を考えた事はない。実行不可能な状況だが。
「……り、リンプーちゃん、さ、さっきの立っちしてるときは?」
 期待の籠もった口調で、目に涙を溜めたディースが尋ねた。
 リンプーは腕組みしてしばらく難しい顔をしたあと、口を開いた。
「引っ込み思案のかめさんだにゃ。ディースの手の動きで頭出したり引っ込めたり」
 ディースは口元を抑えて必死に笑いをこらえた。ふるえる腹筋に身体が丸まってしまっている。身体が時折びくびくと痙攣している。
 土気色の焦点の合っていない眼をしたリュウと、笑うのを必死に我慢しているディースをニーナはおろおろと見比べている。
「……あ、あのっ!」
 ニーナが立ち上がり、ためらいがちに声を上げた。リンプーは不思議そうにニーナの方を向いたが、ディースは笑いに身体を折り曲げたままだ。
 口をもごもごと動かして、ニーナはディースの復活を待った。
「……はー」
 満足げな表情のディースが顔を上げた。よっぽど面白かったのか汗が全身を湿らせている。
「……え? 何?」
 ちょっときょろきょろ辺りを見渡した後に、リンプーの視線を追ってニーナを見つめる。
「こ、こんなのってやっぱりいけないんじゃないでしょうか!」
 ニーナが毅然と言い放った。今までしゃがんでいたので分からなかったが、下着が思いの外短い。ぎりぎり股間を隠す長さだ。透けて見えているが。
 リュウはニーナのセリフと下着姿に、少し世界に向けて心を開いた。
「は、話に乗った、わ、わたしも悪いんですけど、い、いくらリュウちゃんがディースさんと、その、えっちしたからって」
「してない!」
 リュウの心の底から言葉が噴出した。その勢いに三人とものけ反る。
「えっ!?」
 ニーナが驚きの表情でリュウを見つめた。
「してない、の?」
 吐ける息を全て吐き出してしまったリュウは、ただこくこくと頷く。
 きっ、と表情を改めたニーナが、ディースを睨み付けた。
 リュウの方からは見えなかったが、よほど恐ろしい形相だったのかディースがたじろいで視線を逸らせる。
「……嘘よニーナ。あの状況でリュウちゃんがえっちしていない訳がないじゃない?」
 逸らせた視線をそのまま悲しいものに変えて、ディースがしんみりと言った。
 たじろぐニーナは、状況証拠が決定的なものにはならないという事に気がつかない。
 ニーナは混乱した様子でリュウとディースに視線を走らせる。
 リュウはぶんぶんと首を振った。脇でリンプーが眠そうにあくびをしている。
 ディースの視線はどこまでも悲しげで、寄せられた眉根は今まで男に騙された嘘でついた傷のようだった。
 悲しげな視線が狼狽するニーナを正面から捉えた。
「……ニーナ、どうしてリュウちゃんが嘘をついたか分かる?」
「えっ……?」
 ニーナがディースを見つめた。
「リュウちゃんが、ニーナの事を好きだからよ。リュウちゃんはニーナに嫌われたくなかったの」
「……あっ」
 ニーナは頬を染めて、リュウを見つめた。その視線は慈愛に満ちている。
「……リュウちゃん、大丈夫よ。わたし、リュウちゃんを嫌いになったりしないから……!」
「違うーっ!」
 じたばたとリュウは暴れるが、誰からも全く相手にされていない。ベッドに頭を乗せて眼を閉じていたリンプーが迷惑そうに片目を開いた。
「じゃあ、先生がやって見せるから、それを参考にリュウちゃんとえっちするのよ」
「……はい」
 ニーナの肩を抱き寄せて耳元で囁くディースと、うつむいた顔を上気させながらも決意に満ちた表情のニーナを見て、リュウの全身から力が抜ける。相手が悪すぎた。
 ……駄目だこれは……。
「……なあリンプー、これから何するか知ってる?」
 暇そうに眼を閉じているリンプーに、リュウは現実逃避の一環として話しかける。
「しあにゃい」
 眼も開かずにリンプーは答えた。



「というわけで、再開します!」
 高らかに胸を張って宣言するディース、もじもじとうつむいたニーナ、なんだかよく分かっていないリンプーがリュウの股間脇に集合していた。
 立ち上がるまで気がつかなかったが、ディースは下半身を人間のものに変化させていた。リュウの股間にまたがる都合だと思われたが、まな板の上の鯉のごとくベッドの上に縛り付けられているリュウにはどうでもいい。
「まず、手でしごいておっきくしてあげます」
 ベッドの脇から身を乗り出し、ディースがリュウのものをしごき上げる。嬉しそうな顔を横にして目の前で手を動かすディースの姿は、淫らで抗いがたいものがあった。
 リュウは慌てて脇を向いて眼を閉じた。頭の中で全然関係ない事を思い浮かべる。
「……なかなかうまく立たないわね」
 それでも、むすっとしたディースの声が聞こえてくる。
「ちんちって色々あるけど、リュウちゃんのでも大丈夫なの?」
 模範生徒のようなリンプーの質問に、ディースが先生のそれに声音を変えて答える。
「大丈夫よ。リュウちゃんみたいに毎日ちゃんとかめさんにして洗ってあれば」
 なんだかリュウに向けて言っているような気がしないでもない。
「えっちするから毎日あんな風に洗ってたにょか」
 ふうん、とリンプーは納得した。
 毎日そんな所まで覗かれて観察されていたのか……。
 リュウの身体からげんなりと力が抜けた。
「……もう。困ったわね」
 ため息をついてディースは上半身を起こした。
「とりあえずお尻の穴から手を入れて立たせようかしら」
 さりげなくとんでもない事を言ってのけたディースを、リュウとニーナがぎょっと見つめる。発言の本人は別段何とも思っていないようだ。
 リュウは救いを求めるようにニーナを見つめ、そしてニーナと眼があった。
 ニーナがこくり、と力強く頷く。
「せ、先生! あたしやってみます!」
 言うが早いが、ニーナがリュウの股間に顔を寄せた。頬を朱に染めて、ディースと同じ格好でリュウのものに手を伸ばす。
 いつも清純なイメージのニーナがさっきのディースと同じ淫らなポーズを取ると、その落差が多大な効果をもたらした。
「……きゃっ!?」
 むくり、とリュウのものが立ち上がる。ニーナはびっくりしてリュウを見た。リュウの真っ赤な顔を見て、ニーナの顔も真っ赤になる。
 触れてもいないのに元気になったリュウのものを見て、ディースは頬をひくひくと引きつらせていた。
「……あ、手で……」
 こわごわと手が伸ばされて、リュウの胸が高鳴った。
「はいそこまでー」
「えっあっ」
 急にニーナの身体が引き起こされ、電光石火の勢いでディースがリュウの股間の上にまたがっていた。腰を沈められるだけで入れられてしまう。
「うわー」
 暴れたらぬるりとしたものに自分のものの先端が触れたので、リュウは身体を硬くした。
 また奪われてしまうのか?
「女の子は自分の準備が出来るまで、男の子に入れさせたら駄目よ? それじゃ」
 なんだかもっともらしい事を言いつつ、ディースがゆっくりと腰を沈めていく。
「いただきまーす」
 ぺろり、と赤い舌が唇を嘗めた。加虐的な視線は煩悶するリュウに向けられている。
 ぬるっ、とリュウのものの先端が温かく濡れた部分に軽く入る。
「うわー」
「えいっ」
 嬉しいような悲しいような悲鳴を上げたリュウを助けるかのように、ニーナがディースに当て身を喰らわせた。
「きゃあっ」
 思いのほか可愛らしい叫び声を上げて、ディースがベッドから転落した。
「ニーナ!」
 リュウが歓喜の声を上げた。当て身を当てた体勢でベッドに片膝をついたニーナは、視線を伏せてそのままリュウに這い寄った。
 頬が上気した顔は、何かを思い詰めたようにリュウを見つめている。
 ニーナの身体に合わせて、透けた下着ごしに大きな乳房が揺れる。鳴ったのはリュウの喉ではなく、ニーナの喉だった。
「……え?」
 リュウの鼓動が期待に高鳴る。身体をまたぎ、間近からリュウの顔を見つめるニーナの視線は潤んでいた。
「リュウちゃんが、他の人とえっちしてるなんていやなの……見たくない……」
「いや俺は」
 リュウはまた真実を言いかけたが、唇を触れあわせるキスで止められてしまう。
「リュウちゃんが誰を一番好きでもいいけど、あたしがリュウちゃんを一番好きなのは、許して」
 リュウが言いかけた言葉は、自分のものから伝わった快楽によってかき消された。
 眉根を寄せたニーナが、荒い息をつきながら身体をリュウの下腹部の方へ動かす。ゆっくりと、狭く湿った温かい部分に先端が埋没していき、すぐに行き止まる。
「……くぅっ」
 痛みに耐えて腰を埋没させようとするニーナを見て、リュウは自分にそれほどの価値がある男なのか自問した。自分から突き上げそうになる腰を必死で抑える。
 ニーナの頬を一粒の涙がこぼれ落ちる。
「はいお疲れー。これで見なくてもいいわよー」
 突如ニーナがかくんとくずおれ、それを支えているのはディースだった。魔法を使った指先が光っている。
「……鬼かー!」
 状況を把握したリュウが怒気の塊を放出するように叫ぶが、全く相手にされない。投げつけられる罵詈雑言が聞こえていないかのように、すやすやと眠っているニーナの身体をベッドから引きずり降ろす。
「……あら?」
 ころん、と床にニーナを転がしながら、ディースは呟いた。リンプーがいない。
「リンプーちゃん?」
「居ないにゃ」
 何気なく発したディースの言葉に、ベッドの下に隠れていたリンプーが健気に答える。
 ディースが覗き込むと、リンプーはお尻をディースの方に向けて尻尾を丸め、頭を抱えていた。
「……あんた、何やってんの?」
 ディースが半分呆れたように、不思議そうに聞く。
「えっち怖いにゃ。気持ちいいなんて嘘つかれたにゃ」
 ぷるぷるとお尻と尻尾を震わせてリンプーが言う。
「怖くないわよー。気持ちいいわよー。最初だって痛いのは少しだけよー」
 にこやかに笑ってディースが手招きする。
「ニーナ痛そうだったにゃ。かめさんがすぐに入っちゃうなんて、変だにゃ」
「変じゃないわよー」
 がんぜない子供に向けるような慈母の笑みを浮かべてディースが言う。
「リンプーの多分ディースみたいに広くないにゃ」
 慈母の笑みが一瞬にして般若のそれに変わった。
「ぎにゃあー! いたいいたいいたい」
 尻尾を掴まれて引きずられ、痛みのあまりリンプーが立ち上がった。頭をぶつけ、ベッドが腰の高さまで浮き上がる。
「うわー」
 リュウの悲鳴をよそに、尻尾を掴まれたままベッドの下に逃げ込もうとリンプーが床に爪を立てていた。
「やめてやめてやめてもげにゃうっ!」
「もげたらいーじゃない。もげたら」
 泣きながら懇願するリンプーに、ディースはあまりにも素っ気ない言葉を返す。
 本当にもげそうだったのか、痛みに耐えかねたのか、リンプーは抵抗を止めて動きを止めた。
 助けを求めるようにベッドの上のリュウに視線を投げてくるが、リュウはリンプーに縛り付けられたベッドの上で何も出来ない。
「ほーら、立ちなさい」
 逃亡を許さないために尻尾を掴んだまま、ディースが勝ち誇った声で言う。のろのろとリンプーが立ち上がる。
「誰が何だって? んん?」
 リンプーの後ろから顔を寄せて、ディースは加虐的な視線を向ける。
「リンプー、ディースが何で怒ったのか、わかんないにゃ」
 ぐずぐずと鳴る鼻を手の甲でこすってリンプーが言う。
 ディースは毒気を抜かれたような、ちょっと困ったような表情を浮かべた。
 しばらく困った顔で思案して、愛想笑いで口を開く。
「……ほら、リンプーちゃん、おまたがむずむずするときってあるでしょ?」
「はいにゃ」
 大分泣きやんだリンプーが鼻声で答える。
「その時に」
「猟に行くにゃ」
 ディースの言葉を、リンプーの言葉が遮った。ぽかんとするディースの口から、確かめるように言葉が漏れる。
「……猟?」
「はいにゃ」
 リンプーは頷くと、ぽかんとしているディースを見つめた。ディースに対しては頭の回転が速くならざるを得ないのか、説明を始める。
「でっかくてつおい獲物を何日も何日も寝ないで追っかけてると、消えるにゃ。だから猟に行くにゃ」
 リンプーは性欲というものをよく知らない上に、処理の仕方もよく分かっていないらしい。
 ディースはぎゅっと酔った眉根を揉んだ。
 不思議そうな、きょとんとした表情でリンプーはディースを見つめる。しばらくディースの思い悩む表情を観察した後、おそるおそる口を開く。
「……かえってもいいかにゃ……?」
 がば、と後ろからディースがリンプーを襲った。胸を揉みしだき、口を吸い、股間に指を忍ばせる。
「ん、んにゃぁっ……」
 ディースの舌はリンプーに言葉を発する事も許さない。舌が舌に絡み付き、唾液が胸元に滴る。突如始まったあまりの快楽の奔流に、リンプーは抗う事も忘れていた。
「うわー」
 突如始まったレズビアンプレイに、リュウが眼を円くして食い入る。
「ふ、ふにゃあ」
 戒めを解かれ、リンプーは倒れ込むように床に手を着いた。息が荒い。
「ま、こんなもんでしょ」
 ディースは指先のねばった液体を長い舌で嘗めた。
 ひざまずいているリンプーの両肩に手を置いて言う。
「リュウちゃんのちんち、入れなくていいから、それでおまたこすってごらん? 気持ちよくなっておまたのむずむずも消えるわよ?」
 淫魔のようなディースの囁きに、リンプーは焦点の合わないままの眼でふらふらと歩き出す。
「り、リンプー! 駄目だっ。こういうことしちゃ駄目っ」
 全く説得力の籠もっていない声でリュウが抗うが、リンプーの歩みは止まらない。
「リュウちゃん……」
 自分の上にまたがって顔を近づけてくるリンプーに、リュウは胸を高鳴らせた。泣いていたせいもあってか瞳は潤みきり、いつもとは違う弱々しい表情を浮かべている。
 リンプーのざらりとした舌が、リュウの唇を嘗め、唇どうしが触れ合った。
「リンプー怖いから、ちんち入れないでね」
 弱々しく懇願するリンプーの乳房がリュウの胸板で潰れる。さっきのレズビアンプレイとリンプーの乳房の感触で、一旦ダウンしていたリュウの下半身は復活していた。
 いつも勝ち気なリンプーが弱々しく身体を寄せてくると、庇護心なのかリュウの男の部分が強く持ち上がってきた。
「ふにゃあっ」
 おそるおそるリュウのものを自らの股間に添わせるリンプーが、思わず声を上げる。
「わわっ」
 柔らかい濡れたブラシのような部分に包まれて、柔らかい肉のスリットがリュウのものに当てられる。
「あっ、はっ、ふにゃっ」
 快楽が得られると知ると、リンプーがすぐに動き始める。
「あっ、くっ」
 リュウは慌ててはを食いしばった。リンプーの動きは恐ろしく激しく、ベッドがぎしぎしと揺れた。
「リュウ、ちゃん」
 湿った吐息の合間にリンプーが言葉を漏らす。
「リンプー、好きって、多分、よくわかって、ないにゃ、あっ」
 快楽にぎゅっと眉根を寄せたあと、リンプーは再び潤んだ視線でリュウを見つめた。
「けど、リンプー、リュウちゃんが、好き。……痛くしても、好き」
 リュウはリンプーの、今にも泣きそうな、嬉しそうな苦しそうな表情を見つめた。
 リンプーの唇がリュウに近づく。
「はいそこまでー」
 ごちん、とリンプーの額がリュウの唇に当たった。
「ふにゅう」
 むにゃむにゃ眠ってしまったリンプーを、ディースが荒々しく投げ捨てた。いそいそとベッドの上に上がる。
「……悪魔かー!」
 リュウが再び抗議の声を上げる。ぴたり、とディースの立てた人差し指がリュウの唇に当てられた。
「分かってるのリュウちゃん! 童貞の危機だったのよ!」
 眉を立ててリュウを叱りつけるディースの腰は、ゆっくりと沈められていた。
「うわー」
 絶句した状態から慌てて逃げようとするリュウのものを、ディースの入り口は既に捉えていた。
「うふふ。初物なんて何年ぶりかしら……」
 感慨に眼を閉じて、ゆっくりと完璧に腰を沈ませる。
「わ、わわっ」
 柔らかくて温かいものに自分のものを包まれて、リュウが情けない声を上げる。あっという間だった。
「あ、あらっ?」
 ディースが驚いたような声を上げた。
「三こすり半も行かなかったけど、最初だからしょうがないわよね?」
 くすりと笑みを浮かべてディースが言う。
「だいじょーぶ。先生に任せてくれればあっという間にプロフェッショナルよ?」
 ディースは甘えるようにリュウの胸に顔を寄せると、乳首に舌を這わした。
「……なあ、ディース」
 怒りでくぐもった声に、ディースが驚いて顔を上げた。
「なんで嘘なんかついたんだ?」
 リュウの表情は、うつむいていて見えない。
「だ、だってえ……」
 もじもじと人差し指どうしを交差させて、ディースは甘えるように、恥ずかしげに口を開いた。
「あ、あたしもリュウちゃんの事嫌いじゃないから、朝起きたときにえっちしたとばかり思ってて……あとでしてないって分かったんだけど、訂正するのも恥ずかしいし、リュウちゃんとえっちしたいと思ってたし」
「……そうか。少しは……手加減が出来そうだ」
 怒りの少し収まった声に、ディースは異変を感じた。リュウの声はこんなに潰れた、低い声だったろうか?
「おし……おき……の……」
 リュウの身体が膨れ上がり、皮膚には鱗が生え、声帯が人語を発するのに適したものではなくなっていく。
「えっ? ええ? えええー?」
 ディースが驚きの声を上げる。
 両手足のロープが引きちぎられる。リュウは竜に変化していった。
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
 竜に変化した腕が逃げようとしたディースの肩を掴む。
「ひあっ? あっ、あぁっ! だっ、だめっ!」
 竜の身体が激しく突き動かされ、ディースの濡れたような嬌声がそれに重なる。
 奪われたら、奪い返せばいいのだ。



 ディースは壊れたベッドから床に身体を投げ出した。ぼわん、と下半身が人間のものから蛇体に変化する。ぐるるる、と逃げ出された事に不満げなリュウのうなり声が重なる。
 髪は乱れて汗ばんだ皮膚に張り付き、下着は破れ、あちこちに小さな傷を作ったディースが変化したリュウを見上げる。激戦を物語るように息が弾み、肩が上下している。
「も、もう気が済んだでしょ? リュウちゃん? ほ、ほら、あたしも、人間の下半身に変化していられなくなっちゃったし」
 おそるおそる声を掛けるが、リュウの眼は爬虫類のそれなので表情が読み取れない。
 ディースはリュウの視線に気がついた。ディースの顔ではなく、もっと下に、下半身に向けられている。
 蛇体の股間に当たる部分に、よく見なければ解らないようなちいさな割れ目があった。蛇の性器は性交の時にしか現れない。
 そこから、幾度となく注がれた精がとろりとあふれ出していた。
「あっ、いやっ! 見ないでっ! お願いっ!」
 新たな羞恥に顔を真っ赤に染めて、ディースは幼女のようになりふり構わず首を左右に振った。必死に股間を押さえて隠すディースの元へ、リュウの重々しい足音が一歩近づく。
「だっ、だめなのっ! リュウちゃん! だめっ! ここはだめっ! あっ、ああぁっ」
 さっきよりも更に艶やかに濡れた生々しい嬌声が、洞窟に響き渡った。



 ニーナは明るい日差しに眼を覚ました。
 部屋の中はモンスターが暴れたようにぐちゃぐちゃになっていて、出入り口もそのモンスターが壊したかのように大きな穴になっている。洞窟を改造した部屋ではなく、洞窟になってしまっていた。
 誰が掛けてくれたのか分からないシーツにくるまったまま、ニーナは身体を起こした。側らではリンプーが丸まって寝ている。
 朝日の入る洞窟の出入り口を、上半身を起こしたディースがじっと見つめている。蛇体になった下半身をシーツで隠していた。
「……いっちゃったわ……」
 乱れた髪と下着の残骸が濡れた肌に張り付き、あちこちに小さな傷をつくったディースは、何か満足げに朝日を見つめている。頬は紅潮し、眼差しは恋する乙女のものだった。
「はあ」
 ディースの発言に何か不適切なものを感じつつ、部屋の様子に呆然としてニーナは言った。
「好きだにゃ……」
 リンプーが寝言でむにゃむにゃと呟く。
「……おさかな……」



 その日は昼頃から、街が慌ただしかった。
 風に乗ってどこからともなく、モンスターの鳴き声が聞こえてくるのだ。
 そのモンスターの鳴き声はまるで泣いているような哀切な響きを帯びており、聞くものの心を悲しくさせた。
「ねえ、もふもふ」
 淡々と薪割りをしていたボッシュの所に、ニウが歩いてきた。
「ん? どうした」
 ボッシュが手を止めると、ニウは睨み付けるような表情でボッシュを見た。だっと走り出してボッシュの胸に飛び込む。
「はい、もふもふ~」
 ボッシュはいつも通りニウを抱き上げて胸に抱き寄せるが、ニウの表情は硬い。
「ねえ、もふもふ。なんであの鳴き声を聞くと悲しい気持ちになるの?」
「泣いてるからだよ」
 にっこり笑ってボッシュはニウの頭を撫でた。ニウが驚いたように眼をぱちぱち瞬かせてボッシュを見つめる。
「わかるの?」
「そうだよ」
 ボッシュの微笑みを少女は信じて疑わない。
「すごーい。けど、なんで泣いてるのかな? 聞くだけでこんなに悲しくなるくらい」
 少女の顔が毛皮の胸板に押しつけられた。その暖かさと柔らかさに、少女はくすくすと笑った。
「まだ悲しい?」
「ううん!」
 ボッシュの問いに首を振った少女は、家へと走り出した。
「おかーさんももふもふしてもらおう!」
 勝手口の中に少女が消えるのを確認して、ボッシュは深く深くため息をついた。
「ニアさんに断って、相棒を迎えに行かないとな……」


おしまい。


 おまけ

「あたし月・木曜日ね」
「わたしは火・金曜日で」
「余った日にゃ」
「そーするとあんたが土日連続で回数多くなるでしょうが!」
「むにゃー!」
「日曜って休日なんだけど……誰か聞いてる?」


 おまけのおまけ


「朝・昼・晩って無理ですよ……」
「そう言いながらもう一週間経ってるから大丈夫よ!」
「いや、限界が来てるんですけど……」
「内容が一人だけとくべつあつかいされている気がしないでもないにゃ」
「え? え? そ、そんな事ないと思いますけど」
「じゃあ毎回三人で」
「あ、逃げたにゃ」


 おまけのおまけのおまけ


 邪神を前に、激戦に疲れ、やつれた勇者が叫ぶ。
「もう……もう、こんな事は! 終わりにしなくちゃいけないんだ!」
 同行していた女勇者三人は、そのセリフにぷいっと別の方向を向いた。



おしまいのおしまい。
  1. 2009/02/05(木) 08:58:52|
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